日の傾きかけた夕方、明日の朝食にしようとロドリオ村のパン屋さんを訪れて、今日のお勧めだというクロワッサンを買う。焼きたてのパンのいい香りに頬が緩むのを感じながら歩いていると、突然腕を引かれて路地裏に引きずり込まれた。それは本当に一瞬の出来事で、あまりに驚いた私は小さな悲鳴とともに、ついパンの入った紙袋を離してしまう。だが、あ、落ちてしまうと思った瞬間に、それは素早く空中でキャッチされる。私ではなく、それをなしたのは私を物影に引きずり込んだ人で、その人物を確認した瞬間に一気に気が抜けた。

「アフロディーテさん」
「やあ、なまえ」
「何しているんですか、こんなところで・・・。びっくりしましたよ」
「なまえを探していたんだ」

にこにこと笑いながら私の薬指をきゅ、と握ったアフロディーテさんに首を傾げる。何か用かと問えば彼は微笑んで首を横に振った。どういうことだろう。というか何でこの人は私の指を握っているんだ。なんの意味があるんだ。

「あの?」
「ああ、手間を取らせてすまない。ところでなまえ、好きな色は?」
「はい?えーと、青・・・」
「ああ、アイオロスの眼の色だ」
「!・・・アフロディーテさん!」
「冗談だ。はい」
「あ、どうも」

手渡されたパンを受け取って、何故ロドリオ村にいるのだと問いかけてみたが、彼はその綺麗な顔に笑みを浮かべるだけだった。

「・・・?」
「ところでなまえ、魚とイカのミイラを手に入れたんだけど食べるかな」
「ミイラ!?食べませんよ、そんなもの!!」

路地裏から出て、村の中央を歩いていきながらそう言ったアフロディーテさんから距離をとれば、彼はきょとんとして私を見る。

「日本人は魚とイカのミイラが好きだと聞いたのだけど」
「誰に聞いたんですか、そんなこと!別に日本人はミイラマニアじゃないですよ!」
「そうなのか、じゃあこれは星矢たちに食べさせることにしよう」

そう言ってアフロディーテさんが取りだしたのはニボシとスルメだった。・・・なるほど確かに言われてみれば魚とイカのミイラだ。・・・ミイラ、・・・そういうと精神的に頂けないものがあるな。

「・・・あの、それはミイラでは無くてニボシとスルメです」
「名称など細かくこだわる必要はないだろう?」
「いや、やっぱり精神的にこだわらなきゃ駄目だと思います」
「ふうん・・・、そういうものなのかい。じゃあ、なまえ、ニボシとスルメを食べる?」
「えー、じゃあスルメを頂きます・・・」

差し出されたスルメを口に運ぶ。
なんで私はロドリオ村でスルメをかじっているんだろうということはとりあえず考えないことにした。村の子供たちがスルメを指指しながら、ミイラだミイラと連呼するのを意識しないように、会話を続ける。

「ロドリオ村に何かあったんですか?」
「いいや?ちょっと、ね」
「はあ、まだ用事は?」
「いや、私の用事は終わったよ」
「私もです。じゃあ、一緒に聖域に帰りませんか?」
「うーん、・・・なまえ、時計を持っているかい」
「え?はい」

彼の問いに頷いて時計を見せる。アフロディーテさんはしばらく時計の針を見つめていたが、ふいに顔を上げて微笑んだ。

「帰ろうか」
「・・・?はい、帰りましょう」

いつもどこか不思議なところがある人だけれど、今日は特にミステリアスだななんて思いながらも歩を進める。しばらくいろいろ不思議に思ったことを尋ねてみたが、そのすべてがうまくかわされてしまった。アフロディーテさんも中々口が上手い。結局何故彼がこの村にいたのか、何もわからなかったがまあ良いだろう。本当に必要ならいずれ知ることになるのだから。ならば私が今考えるべきは、夕飯の献立だ。私に合わせてゆっくりと歩いてくれるアフロディーテさんに感謝しながら、まだまだ遠い十二宮を見上げた。うん、時間はまだたっぷり残っているからゆっくりのんびり考えよう。











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