いつの間にか人馬宮にやってきていたアイオリアさんに、子供のように喚き散らして私に手を伸ばすアイオロスさんが引きずられていったのは、すでに太陽がほぼ真上に上った頃のことだった。

そろそろお昼にしようか。今日は何を食べよう。たまには、ロドリオ村の子供たちと食べるのも良いかもしれない。ああ、だとしたらまずは十二宮を抜けなければならない。

そう考えて、少し足を速めて白いどこまでも続く階段を下っていく。天蠍宮、天秤宮、処女宮、獅子宮、巨蟹宮、そして

「なまえ」
「サガ、さん」

私にかかった穏やかな声に、双児宮で足を止める。
前を見れば、綺麗な長い髪を風に揺らしたサガさんが、少し眉根を寄せて私を見つめている。そうして、しばらく躊躇ったように口を開いたり閉じたりしていたサガさんは、ようやく口を開いたのだった。

「ずっとお前に聞きたいことがあった」

背の高い彼を見上れば、サガさんはその後もしばらく躊躇っていたが結局口を開いた。

「なんですか?」
「・・・大罪を犯した私を、許せるか?」

至って真面目だといったように、真剣な顔で問いかけられた言葉に、今度は私が言葉を詰まらせる番だった。何を言われるかと思えば、それを私に聞いて彼は一体どうするつもりなのだろうか。

「・・・サガさん、その質問に、私の答えが必要ですか?」
「私はなまえの考えが知りたい」
「・・・私は、許すも何も、最初から怒ってなんていませんよ。だって貴方は、自分を貫いた。その結果なんですから」

何を言っても、私の考えを聞かなければ引き下がる気のないらしいサガさんに仕方がないと、口を開いた。だが、それはサガさんには納得のいかなかったらしく、なおも質問を続けられた。

「だからといって、私がしたことは道理を大きく外れ、結局親友であり、君の愛したアイオロスも殺してしまった。これは、許されざるものではないのか?」

そこまで言い、言葉を区切った彼に、ようやく彼が何に悩んでいるのか気づいて苦笑する。

この人は真っ直ぐすぎる。
ついでに、頑固で、それでいて少し鈍感だ。それが、彼らしいというのなら、そうなのかもしれないが、それにしても土壇場になるまで自分の気持ちに気付けなかった彼と私は似ているのかもしれない。

だとしたら、私は彼に協力すべきなのだろうと、サガさんに笑いかける。サガさんはそれに首を傾げたが、私は構わず口を開いた。

「ね、サガさん、許されない罪はありませんよ。だって、過去はもうどんなに悔やんでも、取り戻せないんですから。許さなくたって、仕方がないじゃないですか。大罪人を憎んで苦しんで生きるなら、許して苦しんでも、いつか道が開けるほうが良いじゃないですか」
「・・・・・・」
「過去は取り戻せません。だから、どんな罪も許されるべきなんです。私はそう思います」
「なら、私は」

少し俯いて、口を開いた彼の言葉を遮る。

「・・・サガさん、ずっと貴方を許していない人がいます。誰だか分かりますか?」
「・・・いいや、・・・誰だろうか。アイオロス・・・?いや、カノン?それとも女神だろうか。世界中の全ての人間であってもおかしくはない。それほどまでの罪を、私は犯したのだから当然の報いなのかもしれないが」

まったく、想像通り、なんとも鈍感な人だ。
そして、真っ直ぐすぎる。

「まだ、サガさんを許していないのは、サガさん、貴方自身ですよ」
「私、自身?」
「もういっぱい苦しんだじゃないですか。もう貴方は許されているのに。許してあげても、いいのに」

そう言えば、サガさんは目を丸くして固まった。・・・が、すぐに微笑みを顔に浮かべるとそっと私の頭を撫でた。

「君はいつも、突拍子もないことをいって私を驚かせる」
「そうですか?」
「そうだ」
「でも、サガさん。だから、もう許してあげましょうよ」
「・・・いいの、だろうか」
「そうですよ、良いんですよ。でも、大丈夫ですよ。今すぐは、難しくても、これからゆっくり時間をかけていけばいいんですから」
「・・・なまえ、」

ありがとう、と彼は言ったのだろうか。とても綺麗に微笑みながら言った言葉は、私に届くことはなかった。なぜなら、大声で私の名前を叫びながらミロさんとアフロディーテさんとデスマスクさんが突っ込んできたからだ。彼の言葉は、その喧騒に飲み込まれてしまった。

「なまえーーーー!!!!」
「う、うわ!!なんですか!何なんですか、皆さんで!!」
「か、考え直せ!!なまえ!!アイオロスは危険だ!!あいつは破廉恥だ!!」
「水臭いじゃないか、なまえ!どうして私に相談してくれなかったんだい!!?」
「あー!!くそ!!ダンディで素敵な俺が近くにいるのに、なんでアイオロスなんだよ!!」
「ちょ、だ、誰に聞いたんですか!!!」

明らかに、先程の私とアイオロスさんの会話を知っていたかのような言葉に私が声を荒げれば、アフロディーテさんが綺麗に笑って飄々と答えた。

「アイオロスが小宇宙通信で、聖域中に叫んだんだよ」
「・・・は、」
「ね、サガ」
「ああ、そうだな」
「し、知っていたんですか、サガさん!!」
「ああ、ちょうどなまえが来る少し前だったかな」
「さ、最初から・・・!!」

そして、いまさらながらに気づく。
サガさんは、“私の愛した”アイオロスを殺してしまったと言っていたじゃないか。つまり、彼は知っていたのだ。私が、ここに来る前から。

まったく、なんてことだ。

なにか、眩暈がすると頭を押さえた瞬間、浮遊感に襲われる。一体なんだと見上げればアフロディーテさんがにこにこと笑いながら、非常に上機嫌にいった。

「ということで、女神も皆も詳しい話を聞きたがっているんだ」
「・・・な、なんのお話でしょうかねー」
「それはもちろん、君とアイオロスのドキドキトキメキのラブストーリーだよ」
「い、いやああー!!!誰かー!助けてー!!!!」

何故そんな恥ずかしい真似をしなければならないのだと、騒ぎまくったもののまったく効果はなく。
私は実に楽しそうな三人に再び教皇宮へと連れ戻されたのだった。

だから、

私は知らない。サガさんが、空を見上げて呟いた一言を、私は知らないのだ。




「なまえ、君を好きになれてよかった。私は君を愛したことを、誇りに思う。・・・どうか、幸せに」



冬の聖域に、春の訪れを告げるような、暖かな風が吹いた。


そして、新しい日常が始まる
(騒がしいのは相も変わらずだけれども!)






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