人馬宮に訪れたなまえをプライベートルームに通す。紅茶を淹れてやれば彼女はお礼を言って受け取った。ソファに座れと言えば、なまえは私が座るのを待ってから腰かけた。

「それで、用件は?」

自分の口からでてきた言葉に溜め息をつきたくなる。
なんたって今日はこんな言葉でしかなまえと接することができないのだろうか。その理由は昨日のアイアコスとなまえのキスにあるような気もしたし、もっと他のところにある気もした。なんにせよ醜い感情だ。なまえに抱くべき感情でもない。それくらいは分かっている。それでも、一度抱いてしまった物を止める術を私は知らなかった。


「・・・あの、私、なにかしましたか?」
「なにかって?」


私の顔を見ながらおずおずと切り出したなまえに聞き返す。彼女がここを訪れた理由も、今の質問の意味も十二分に分かっているのに、そう聞く自分は相当に性格が悪いと思う。なまえは私の言葉に一瞬躊躇ったが、すぐにまた口を開いた。

「アイオロスさんが怒るようなこと、しましたか?」
「・・・別に、なまえはなにもしていない」

やっぱりその話しかと溜め息をつけば、なまえは身を小さくした。君は何も悪くないのに、どうしてそういう態度を取る?それが今朝から酷く癪に障るんだ。ああ、そうだ。なまえが優しすぎるのがいけないんだ。いつだって、他の男たちが構えば笑顔でそれを受け、誰の頼みも断ることもない。


なまえは、誰にでも平等すぎる。


「話はそれだけ?」
「・・・はい。ですが、アイオロスさん、本当のことを言ってください!言ってくれないと、分からないこともあるんです」
「そんなに知りたいのか」



思えば、この時私はかなりいらいらしていたのかもしれない。もしなまえが日を改めて出直していたら、少しは頭を冷やして話すことができたのかもしれない。でも、もう遅かった。勢いに任せて立ちあがったなまえにあわせて立ち上がり、彼女を見下ろす。




「・・・君は私の恋人じゃないのかい?」


ふいに口から洩れた疑問になまえは目を丸くしてから眉をしかめた。

「そうですよ?」

何を今さらといった調子のその言葉に彼女を見つめる。


「だったらどうして、なまえは何の疑問も持たずに他の男たちに付き合う?それが私・・・、いや、俺には分からない」

そういうとなまえは驚いた顔をして、本能がこれ以上は止めろと告げる。それなのに俺にはもはや、一度堰を切った感情を止めることができなかった。

「ちょ・・・、ちょっと待って下さいよ、アイオロスさん」
「待つ?なぜ?」

わずかに後ずさった彼女の細い腕を取れば、なまえはさらに眉を下げて私を見た。だが、腕を掴む力を強めれば、彼女は顔を歪めて私を見た。

「い、た・・・!アイオロスさん、痛い・・・!」
「俺は、なまえを愛してる」
「アイオロスさん・・・!」

なまえの腕は細かった。力を少し入れただけで折れてしまうだろうそれを握る。なまえが私の名前を呼ぶ声も、今は気にならなかった。

「なまえが他の男と話しているのも嫌だし、ましてや優しくしているところなんて腸が煮えそうになる」
「・・・・!」
「どうして分かってくれない?」
「ご、ごめんなさ・・・!」
「君は・・・」


腕を引けば、なまえは口から謝罪を紡ぎ出した。そこで止めるべきだった。謝って、赤くなってしまっているだろう手を冷やして、それから冷静に二人で話すべきだったのに。もう冷静さなんてどこかへいってしまった私は、決して言ってはならなかった一言をなまえに叩きつけたのだった。










「本当は俺のことを好きではないんじゃないか?」
「・・・・!!!」


その言葉に、なまえは目を見開いて息を飲んだ。そして、




「っ!」



ぱしん、と乾いた音が響いた。

じわりと熱くなっていく頬。

目の前には、目に涙をいっぱいに貯めて肩で息をするなまえ。

「・・・・・・」

それを見て、ようやくなんてことを言ってしまったのだと気がつく。す、と頭から血の気が引いていく。だがすでに時は遅く、なまえは涙をためたまま私を見つめた。

「それがあなたの本心ですか」
「私は・・・」
「・・・最低です」

彼女の腕を掴む力が緩んだすきに、なまえは手を振りほどいて一歩下がった。そしてそのまま私に背を向けてプライベートルームの入口まで歩み寄る。

「なまえ、私は」

呼びかけた言葉に、一瞬だけ立ち止まったなまえはそれでも振り返ることはなく、震える声で告げた。


「・・・少しお互いに考える時間が必要でしょう」
「・・・・」
「今日は帰ります。・・・失礼しました」



ぱたり、と音を立てて閉じられた扉が、妙に遠く感じた。












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