夕方、書類を受け取りに執務室を訪れる。見渡した室内には珍しくサガの姿はなかった。代わりにぐったりとソファに倒れこんでいる姿のなまえが目に入り口を開く。 「どうかしたのか?」 「・・・アイオリアさん・・・」 それはいつもなら忙しなく動き回って働いていると言うのに、こんな彼女の姿は珍しいと思っての行動だった。そうして声をかけたなまえは俺を見ると何故か泣きそうな顔になって、さらに力なくソファに埋もれた。 「アイオロスさんがー」 「兄さん?」 「うー、アイオリアさーん」 「なんだ?」 「頭痛いです」 「昨日あれだけ飲んでいたからな」 若干会話が成り立っていなかったが、そんなのはいつものことだ。それともまだ酔いが少し残っているのだろうかと考えながら返事を返す。なまえは黙って俺の言葉を聞いていたがやがて口を開いた。 「あの、私なにか失態でもしましたか?昨日の記憶がさっぱりなんですが・・・」 「失態・・・、いや、なまえの失態では・・・」 のそりと起き上って俺を見たなまえから目を反らしつつ返事を返す。・・・いや、だが俺は間違ったことはいっていない。だから俺が気まずく思うことなど何もないではないか。あれは本当になまえのせいではなくアイアコスのせいだったのだから。あの失態をやらかしたアイアコスは今頃冥界で一体どんな目にあわされていることだろうか。それはよくわからないが、ともかくそうだ、悪いのは確実にあの男だった。だから俺は嘘をついていないし、正しい!目をそらす必要はないはずだ!!・・・だが、なんとも、それを知らない彼女の眼を見ていると不憫になってきてどうしようもないのだ。そんな俺に、彼女はうなだれて呟いた。 「今朝からアイオロスさんが冷たいんですよー」 「兄さんが?」 「私、絶対なにかやらかしましたよね」 ああ、だからなまえが項垂れていたのかと理解すると同時に不思議に思う。兄アイオロスは何故機嫌が悪いのか?なまえは昨日の件に関係ないはずなのだが。いや、関係はあるか。ただ悪くないというだけで。 「思い当たる点がありすぎて困ります」 「・・・あるのか」 「たとえば、あの赤いハチマキがアイオロスさんの本体なんじゃないか・・・って言っちゃったとか」 「なんだそれは」 意味が分からないと言えば、彼女は大真面目な顔でつぶやいた。 「夢で見たんです。大量のアイオロスさんが整然と並んでいて、ハチマキをつけると話しだすんですよ!」 「それは怖いな」 「それアイオロスさんに言っちゃったのかもしれません」 「いや・・・、兄はそんなことでは怒らないと思うが・・・」 「やっぱり、もう一度アイオロスさんと話して来ます!!そして謝ってきます!!」 「ああ、なまえの勘違いかもしれないぞ」 明らかに彼女の仮定は勘違いなのだし、と聞こえないように呟けばなまえは微笑んだ。 「だと良いですけど」 そう言ったなまえの頭を撫でてやれば、彼女は目を細める。どこか猫のようだと思い、浮かんだ笑みをそのままに彼女を激励する。 「頑張れ、・・・姉さん」 「か、からかわないで下さいよ、アイオリアさん!!」 初めこそ恥ずかしかったが、慣れてしまえばどうということもない姉さんという言葉。 相変わらずなれることのないらしいなまえは顔を真っ赤にさせて拳を突き上げた。それを笑えば、なまえは頬を赤らめたまま顔を反らした。 「はは、なまえ、・・・頑張ってこい」 兄はあれで頑固なところがあった。もし彼女の言うとおり機嫌が悪いのなら少しばかり面倒なことになるかもしれん、と幼いころを思い出せば、なまえは笑顔で頷き走って行った。 「むぅ・・・っ!」 それを見送った後、俺は自分のミスを思い出す。 「書類の位置が分からん・・・」 普段書類を管理しているのはサガとなまえだ。サガがどこに行ったのか分からない今、彼女に聞くべきだったのだと、もう見えなくなった背中の去って行ったほうを見つめ、肩を落とした。 |