「女神の見送りに行っていたんだって?」
「アイオロスさん、重いです」

執務室に入った瞬間、私に覆いかぶさるようにして抱きついてきたアイオロスさんに溜息と共にそう言う。
というか、彼の身長が高すぎて視界が埋まる。そしてやはり重い。よろよろとよろめくと、アイオロスさんが支えてくれた。紳士なのかそうじゃないのか良く分らない。

「なんですか、何がしたいんですか貴方は」
「んー」
「重いです!」

ぱしぱしと背中を叩けば、すっと離れたアイオロスさん。
ようやく視界に入った執務室に誰もいないことにほっとする。こんな、くっついているところを見られたら恥ずかしくて穴があったらはいりたいというか、さらに穴を掘って穴の中で生活したい。

「他の皆さんは?」
「女神が急に日本に行ってしまったから状況処理に大急ぎだ」
「・・・なるほど。あえて何故貴方がサボっているのかは聞きませんよ」

締め切られた窓を開ければ、ふわりと爽やかな風が吹き込んできた。
かと思えばまた背後からアイオロスさんが抱きついてくる。重いし暑苦しい。

「ああ、もう。何があったんですか」
「女神の見送りに行ったんだろう」
「は?・・・ええ、まあ・・・」

この部屋に入ってきた時とまったく同じ台詞を繰り返したアイオロスさんに首を傾げる。
沙織ちゃんの見送りになにか問題があっただろうか。・・・いや、思い当る節が何もない。

「アイオロスさん?」
「なまえー」
「なんですか、はっきり言ってください。じゃないと、分かりませんよ」

そう片手で彼のふわふわの髪を撫でてやれば僅かに背後で身じろいだ。

「なまえは私の見送りに来てくれたことはない」
「はい?」
「なんだい、その顔」
「ひゃにひゅるんでふは!」
「何言っているのか分からないな」

後ろから私の頬を引っ張って笑うアイオロスさんの手をぱしぱしと叩けばようやく離してくれる。
くそぅ、少しひりひりしてるぞ。女の子になんてことをするんだ!

「ごめんごめん。そんなに睨まないでくれ、なまえ」
「次はやり返しますからね!ペンチでほっぺた引っ張りますよ!」
「それは怖いな。肝に免じておくよ」

頬をさすりながら、紅茶でも淹れようと席を立てば今度は腰にしがみ付いてくるアイオロスさん。

「本当なんで今日はこんなに甘えん坊なんですか」
「どうしてだと思う」

質問に質問返しか。
なら私にだって同じことをする権利が・・・あるにはあるのだろうが、恐らくこのままでは永遠に繰り返し続けて紅茶を淹れることができない。・・・はっ、これが千日戦争というものか!

「・・・アイオロスさん」

髪に指を通して名前を呼べば、彼はしがみつく力を強める。

「・・・あの、まさかとは思いますが」
「なんだい」
「まさか、アイオロスさんも任務の時に見送りをしてほしいとか、・・・ぐぇ、私の思いすごしですね。あの、苦しいです、アイオロスさん」

中身が飛び出てくるぞと言えば、力が僅かに緩んだ。

「・・・・」
「・・・え、もしかしてマジなんですか。私なんかが見送りなんてしなくても」
「私がなまえにして欲しいんだ!」

ぎゅう、と抱きついてきたアイオロスさんをとうとう支えきれず彼の胸に倒れこむ。
微動だにせず私を受け止めたアイオロスさんの顔を見上げて苦笑しながら口を開く。

「・・・分かりました。次から任務の際は私が見送りします」
「本当かい?」
「嘘なんてついてどうするつもりですか」

自分でもわかるほどに呆れた声色も、アイオロスさんはまったく気にした様子もなくいつも通りのにこにこ笑顔に戻った。

「ありがとう、なまえ!」
「だ、だからあんまりひっつかないで下さい!重いです!それから熱いです!!」
「それは私の愛のことかい!?」
「あなたの思考回路はどうなっているんですか!!」

抱きつく腕を引きはがして彼の元から逃げ出して給湯室に駆け込む。
彼ははっきりいって心臓に悪い。
日本ではハグなんて文化はなかったから、こうもくっつかれると恥ずかしいのと緊張するのとでそのうち心臓が爆発してしまう。

そんなことを考えながら紅茶のパックを取りだしていると、アイオロスさんがにこにこと笑いながら執務室に顔を覗かせた。

「そうだ、良いことを思いついたぞ、なまえ」
「なんですか?」

あまりにも良い笑顔だったから、あまり良い予感はしなかったがとりあえず話くらいなら聞いておこうと彼を振り向く。
アイオロスさんは私と目が合うとさらににっこりと笑って口を開いた。

「この際一緒に住んでしまえば問題はかいけ・・・」
「どうしてそうなった」



いつでもどこでも一緒にいたいという気持ちを理解して!
(ああ、もうとにかく人馬宮にきてくれ!)
(いきなり同棲って何段階すっ飛ばしているんですか!!)






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