「海龍様?」


久しぶりに聖域に戻ったためか、いつも以上に小声の多かったサガから大量の土産を持たされた。

何が「いつも世話になっている人間に感謝の気持ちを忘れてはいけない、さあこれを持っていき感謝を伝えるのだ」だ。保護者面するなと怒鳴りつけたが、結局無理やり持たされた大量の菓子を一人で片づけることもできず、仕方なしに海界でそれを配った。

その結果、何故か大喜びをしたイオとバイアン、そしてなまえを中心に何故かパーティが催された。

酒など入っていないはずなのに大騒ぎをする三人を傍目に紅茶に口をつけた時、人魚姫に呼びかけられる。

「…なんだ、テティス」
「あの…、顔がメドゥーサのようです」

テティスのその言葉に、眼の前に座っていたアイザックが飲みかけていた紅茶を噴き出す。

突然のそれに対処が遅れ、見事に紅茶まみれになる。
瞬間顔を青くしたアイザックが慌てて布巾を手にした。

「す…っ、すまない!悪気は」
「悪気がないことくらい分かっている」


アイザックはそういう人間ではない。

だからこそこの全身に吹きかけられた紅茶をどうしてくれようかと考えた時、イオが俺を指差し爆笑し始める。子供特有のからかいを含めた笑いが癇に障り拳骨を脳天に落とす。机に倒れこみ、静かになったイオが呟く。

「DVだ…、DV…」
「教育だ」
「DV!」

何故か反応してこちらを見たなまえから目を逸らす。
不思議そうに首を傾げたなまえの姿を視界の端に捉えながらも、何ともいえない気分にため息をついた。

一体なんだと言うのか。先ほどから妙に苛々とする。
イオとバイアンの間に座っているなまえは満面の笑みで菓子を頬張っていたが、今日はいつも以上にその姿を眺めていようとは思えない。

何故こんなにも不愉快な気持ちになるのだろうか。
先ほどまではいつも通りだった。

気分が悪くなったのはこの茶会が始まってからだ。
では、ここに原因があるとして一体なんだ?

「なまえ、そこのクッキー取ってくれ」
「あーんしてあげようか」
「止めてくれ、殺される」
「誰に?」
「メドゥーサだ」
「メドゥーサはペルセウスにとっくに殺されちゃったよ?」
「そのメドゥーサじゃない…」

大きな目をぱちくりとしながらバイアンと会話をするなまえに、とうとう深いため息をつきそうになる。

なんだ?
原因はなまえか?

あの間抜け面が頭にくるのか?
いや、あの間抜け面はいつも見ているからそうではない。では、なんだ。


「海龍」

ふいに口を開いたクリシュナが腕を組んで俺を見る。
黙ったまま視線をやった俺に、クリシュナは苦笑を浮かべ提案した。

「着替えてきたらどうだ」
「ええ、私もそれが良いと思う」

同意したソレントに、アイザックが小さくなって「すまない」と呟く。気にするなと告げ自分の姿を見た。確かにこのままでは良い気持ちのするものでもない。水でも浴びて着替えてくるか。重苦しい気分も冷たい水を頭から被れば一新できるかもしれん。

何故かにやにやと笑っているカーサがなまえを見る。

「なまえ、海龍が着替えに行くらしいぞ」
「セクシー?」
「ああ、セクシーだ」
「セクシー!!」
「カーサ、妙なことをなまえに吹き込むな!!」
「海龍、なまえは元から妙な女だ」

表情を真面目なものに変え、いかにも本気だとばかりにきりっとして答えたカーサに返事に詰まる。確かに正論だった。仕方なしに頭をかき、それ以上の問答を切り上げ立ち上がる。

「…着替えてくる」
「あっ私も行くよ、カノン!」
「来るな!何故お前が来るんだ!」
「着替えさせてあげる!きゃっ言っちゃった!」

頬に手を添え、可愛い子ぶるなまえに何も可愛くない事と、むしろ気色が悪いということを告げ椅子をもとの位置に戻した。

「片付けは…」
「私たちでしておくよ」
「ああ、頼む」
「わあ、ありがとう、ソレント!それじゃ、皆またあとでね!」

何故か、ついてくる気満々らしいなまえに今更何も言う気が起きずに放っておいた。

着替えている時は部屋の外にでも放り出しておけばいい。隣を歩くなまえの頭を見おろし考えた。突然こちらを見上げたなまえと目が合う。


「カノン、お菓子美味しかったよ!」
「そうか」
「うん!」

何故か自信満々に顔面を笑みでいっぱいにして頷いたなまえに、いつの間にか気分が元に戻っていることに気が付く。

まったく、何だったのか。いまいちよく分からないが、考えるのは後にしておこう。今はとりあえず突然意味もなくくるくると回りだし、自らの足に足を引っ掛け転びかけている馬鹿に手を伸ばすことが先だった。



(おまけ:ある二人の独白→)

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