*ナチュラルに復活設定です。



久しぶりに地上に出てみた。
海の底より近い空、燦々とした太陽に目を細めて、誰もいない真っ白な砂浜を一人で歩く。



いち、に、さん、

砂浜に残った足跡を数えながら進んだ。
(あ、桜貝)


ざあざあと波が足元まで届いて、足跡を綺麗に消してしまう。振り返った先にはすでに足跡は残っておらず、ここまでの軌跡を確認することはできない。


「―――……、」


しばらく今まで歩いてきたほうを眺めてみる。海岸沿いの小さな林がざわざわと風に揺られて緑の葉を空に散らした。長い砂浜を波がさらい続ける。
ふと、少し風を頬に感じてまた歩き始めた。


向こうから網と釣竿を持った子供が二人駆けてくる。あら、転んでしまったわ。でも、すぐに笑顔を見せたからきっと大丈夫。砂浜って案外足を取られやすいものね。ふふ、私もカノンと二人で砂浜に来た時に転んだわ。仏頂面だったけれど、ちゃんと手を引いて起こしてくれることとか、彼は案外紳士的だった。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫!」

「じゃあ、行こう!」

「うん!今日は釣れるかな?」

「きっと釣れるよ!」



笑顔で駆けて行った子供たちの背中を見送る。
子供特有の高い声の笑い声が砂浜に響いた。


今日も、平和。地上は平和。それはきっと、女神が冥王に勝ったという証拠。

「………」






けれど、彼は帰って来ない。



あれからずっと海の底で待っていたけれど、やっぱり帰って来ない。
ずっと感じていた大きくて暖かい小宇宙も今は、


これは私に対する罰なのだろうか。
ああ、そうかもしれない。
神を謀った彼の策略に気付いていながらとめなかった私への罰。でも、それでも私には止められなかったのよ。誰よりも彼の傍にいて、誰よりも彼の表情を見ていた私は、彼の策略に気付いたわ。

けれどだからこそ、そうせずにはいられないカノンの心情も察してしまった。慟哭、葛藤、そういったものが彼の中には確かに存在していたわ。悪人ぶったって、結局彼はお人よしだったもの。

私が止めたところで、彼は聞かなかったかもしれない。でも、もしかしたら、




多くの人が死んでしまった
大切な人たちまで、いなくなってしまった
彼に、罪を背負わせてしまった

それは全部、私の罪なのかもしれない(いいや、きっとそうなのだ)
だとしたら、これは罰だ。私に対する神々からの罰。怠慢、怠惰、逃避、そういったものへの






「…っ」

つらいよ、すごくつらい。
胸が苦しいよ。カノン、テティス、みんな、会いたいよ

会いたい



「…寂しい、なあ」

そろそろ会いたいよ。顔が見たい。怒った顔でも、仏頂面でも構わないよ。でも、最後には微笑んでくれると嬉しいな。それから、それからね、声が聞きたいよ。なまえって、私の名前を呼んでよ。それから、好きってカノンの声で聞きたい。ねえ、カノン、会いたいよ。貴方を傍に感じたい


ぱたりと頬を暖かいものが流れていく。

テティスは、こういうとき優しく涙を拭いてくれたわ。カノンはちょっと乱暴にごしごし拭ってくれるの。
馬鹿みたいだね、今でも皆の姿を探してしまうんだ。


海界にはもう、私以外誰もいないということが分かりきっているのに、神殿の陰とか、皆でご飯を食べた場所とか、イオとバイアンと鬼ごっこをした場所とか、テティスとおしゃべりをした場所、それにカノンと一緒に歩いた道、そういったところを見ると、私はまだ皆の姿を探してしまう。本当に、馬鹿みたいだね。


「あっ、」


砂に足を取られて前のめりに倒れた。
細かい砂が口のなかに入って、うう、じゃりじゃり。

起きなきゃ、ワンピースがきっと砂まみれね。
ああ、でもカノンはこういう時文句を言いながらも起こしてくれるのよ、
それから、馬鹿だなって笑うの、


その笑顔が本当に優しげで大好きだった



「…うっ…ぁ」

じわじわと目の前がゆがんでいった。
自分で起きなきゃだめなのよ、なまえ。もう貴女を起こしてくれる人はいないのだから、自分の力で立って一人で歩いていかなきゃいけない。分かっているのよ、ただ受け入れたくないだけ。


早く、早く起き上らなきゃ
でも、もう駄目。腕に力を入れる気にもならないの。
だって起き上っても貴方はいないんだもの。
これから生きていっても貴方には会えないんだもの。



「やだよ、」



これから永遠の時を、そうして一人で過ごさなきゃいけないなんて、私には耐えられないよ、カノン




とどまることなくぱたぱたと流れる涙を放って砂浜に手を広げてみた。
砂って思ったより固い、というよりジャリジャリ。ああ、ほっぺたが痛いわ。でも、太陽に照らされていたからか暖かい。ああ、なんだか起きなくてもいいかも。このまま砂に同化して波にさらわれて、広い海をさまようのも良いかも、なんて

「!」

ぐい、と腕を思い切りひかれて起き上がる。
私の力じゃないそれに驚いて顔を上げようとした時、頭上から声がかかった。



「よう、何やっているんだ、馬鹿女」


探していた声と、この人は、



「何だ、その顔は」


ばしばしと少し乱暴に私の髪についた砂を叩いて行く。続いて、服もばたばたと。ああ、几帳面なところは何も変わっていないのね。ふふ、貴方のそういうところ好きよ。ああ、私は夢でも見ているのかしら。信じられないわ。でも、太陽が貴方の髪をきらりきらりって照らしているのは、たぶん幻覚じゃないと思うの!

だってそう断言できるほどには私は貴方を見ていたからね。ああ、どうしよう、なんだかすごく幸せ、


「相変わらずマヌケ面だな、なまえ」

「そ、んなことないわ、」


言いたいことがたくさんあり過ぎて、どうしよう。会いたかった?待っていたんだよ?
ううん、違う違う。最初に言う言葉は決めていたじゃないか、



「……、あの、」

「なんだ」

「………、おかえり、なさい」




そう言って笑えば、彼も笑みを浮かべた。





ただいまと呟いた声を風が浚っていった
(ああ、波の音が聞こえる)




〜End〜


 

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