これからも続く日常に祝杯を!


それはもうこの世の終わりかと思うような騒ぎ方であったことは間違いない。正確にいうのならそれは始まりというべきなのだろうが、この騒ぎように、始まりという言葉はそぐわないように感じられる。

ひっしと抱き合ったなまえとテティスは大泣きをしながら再会を喜んだ。その騒ぎように後ろでカノンとアイザックが呆れたような顔をしていたことなど二人にとって何の意味も持たなかったらしい。肩をすくめて見せれば、隣に立っていたクリュシナが「ソレント、いつものことだ」と言って微笑ましげにその光景を眺めた後にその場を歩き去った。いつものこと、そういつものことだ。だが、それでも今日という日が彼女たちにとっても特別な日であったことには間違いがない。(死別したはずなのに再会できた、など)

そのためか、その後も彼女たちの感動の再会は続く。


「テティスッ、今なら私なんでもしてあげるわ!何してほしい!?」

「本当ですか、なまえ様!!ではなまえ様の歌が聴きたいです!」

「おっけー、まかせぐふっ」


テティスの手を引いて駆け出そうとしたなまえの服を後ろからカノンが掴む。それによってのどが絞まったらしいなまえはカエルがつぶれたような声を立てて倒れこんだ。

「ひ、ひどいわ、カノン!」

「お前の歌を聞いて溺れる漁師を助けるのは誰だと思っている」

「貴方ね。いつも感謝しているわ、カノン!じゃ、そういうことで」

「待て、この馬鹿女。理由はたくさんあるが、今それはいい。いちいちあげているときりがないからな。とにかく地上にしろ海上にしろ歌うことは許さん。お前は海界にいろ。そして問題を起こすな」

「カノン…!そういうことだったのね」

「なに?」

「私と一緒にいたいのならそう言ってくれれば…!!」


二度と離れないのに!と叫びながら抱きついたなまえの額に見事にカノンの拳が入る。まったく容赦のないその攻撃に彼女は背中から地面に倒れこんだ。さすがにやりすぎだと思ったが、すぐに起き上がった彼女はとくに気にした素振りもなく人魚姫を振り返って笑う。


「ごめんね、テティス。カノンが私から離れたくないっていうから…」

「おい、待て。誰もそんなことは言っていないだろう!!」

「歌はまた今度で良い?そうね、嵐の日だったら、船を出している人もほとんどいないだろうから丁度いいわ」

「ええ、待っております。なまえ様」

にこにこと笑みを浮かべた彼女がそう言ったのを聞くとなまえもふわりと微笑む。それを見ていたカノンは呆れたようにため息をつくと、行くぞと告げて身をひるがえした。それをなまえがその背中を追いかけるように駆けていくという、いつも通りの日常だったものをぼんやりと眺める。

聖域との争いですっかりと静かになってしまったと思った海界だったが、これはまた騒がしくなるなと考えた瞬間、人魚姫がこちらに駆けてきた。

そうして彼女は大きな目をくりくりとさせながら口を開いた。


「海魔女様、お赤飯とはどこに売っているのでしょうか…!!!」

「…は?」

「私には、テティスには分かります!海龍様となまえ様の仲がとうとう成就されたというのが!!」

「すまない、いったい何をどうしてそう判断したのか教えてほしい」

「海龍様がなまえ様に行くぞと声をかけられたではないですか!それにいつもより表情も柔らかく、なまえ様とも仲睦まじくスキンシップをとっておられました!!きっとお二人は…!兎に角そういうことです、海魔女様、これはお赤飯を炊かねばなりませんよ!!」

「…どういう思考回路で赤飯を炊こうと考えているのかは知らないが、…いや、やはり良い」


いつもの余裕に満ちた笑みではなくしかめっ面ではあるがカノンと、なまえの二人が前のように騒ぐというのならそれは結構なことではないか。きっとそれこそが、海界に平常が戻ったという何よりの証になるのだろう。

犯した罪は多いが、あの二人なら罪の重責に耐えきれず潰されるということもないはずだ。きっとこれからもずっと前のような日常が続いていく。人の色恋に首を突っ込む趣味はないため、あの二人が今どのような仲になったのか私には分からない。テティスの言うことが真かもしれないし、そうではないかもしれない。けれどそれは大きな問題ではないのだ。

(もう戻ることはないと思っていたのだが、)

女神も大したことをしてくれると口元に浮かんだ笑みを手で隠す。
そうして人魚姫がいまだにカノンとなまえについて力説するのを聞きながら、海上から差し込む穏やかな光に目を細めた。



(今考えること、それは至極単純明快だ)
(あの二人、そして彼らに対しどこまでも純粋でまっすぐな人魚姫のため赤飯がどこに売っているか、を)

 

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