Episode 8


「…じゃあその時絡んできた男になんて叫んだ?」

「ばかー」

「………」


なんてことだろうと思う。頭が痛い。なまえの妄言だと馬鹿にしていたが、どうやら自分たちは過去に一度会っているらしい。俺が気紛れで助けた女の行動を一つも間違えずに説明しきった馬鹿女がへらりと笑った。くそ、どうやらこいつは勝手に俺に恩義を感じてしまっているらしい。ほんの気紛れだった行為に!まったく困ったことだ、あの時助けなければ今俺はこいつに絡まれずに済んでいたのではないだろうか。やはり性に合わないことはするべきでないな…。

だが、ただの一般人が俺に恩義を感じたからとはいえ海界にまで来るか?いいや、それは不可能だ。だとしたら、こいつは本当に何者なのだろう。今までそういった質問をしても全てはぐらかされてきた、が…、

「なら、どうしてお前は海界に来た?」

「私は…」

「そろそろ吐け」

「なんだか尋問されている気分だわ」


そう小さく溜め息をつくと、なまえは俺を見上げて、いつぞや転んでけがをした時のように笑わないかと小首を傾げて問うてきた。



「内容によるな」

「うーん…、私もよく分からないのだけれどね、…海賊王に俺はなる!ってアニメ知っている?」

「知らん」

「あら、…まあいいや、とにかくそれに憧れてね、船会社で働くことにしたのよ」

「…とりあえず馬鹿な理由だったということはなんとなく分かった」

「失礼しちゃうわ。…えーと、それで、その船の仕事であの日ギリシャに来ていたのだけれど」


仕事の休憩中に知らない人たちに絡まれたのをカノンが助けてくれたんだよと笑ったなまえの額を叩く。話が早速ずれてきている。


「いたっ…、もう。…問題はその後だったのだけれど、出港した後大時化になっちゃってね…」

「…」

「甲板には出ないよう言われていたのだけれど、ハンカチを忘れていたことに気がついて取りに出ちゃったのよ」

「…海に落ちたのか」

「正解」


なまえは再び笑みを見せると崩れた遺跡に腰かけた。ぶらりぶらりと足を揺らしながら、奴は天上を見上げた。


「気がついたら、ここにいたわけ」

「死んだのか?」

「さあ?」


なんでそこで曖昧になるんだと突っ込みたくもなるが、まあなまえに何を言っても無駄だろうと溜め息をつけば、彼女は張り付けたような笑顔でこちらを見た。

「ねえ、生きているってどういうことだと思う?」

「なんだと?」


それは実に唐突な質問だった。訳の分からないことを言うなとなまえを見たが、やつは笑顔を張り付けたまま。らちが明かないと溜め息をついて、頭をかく。生きていること、…生きていること?

「…意思を持ち、行動することだ」

「心臓が動いていることは?」

「……心臓が動いていようと、何も考えられん状態なら、俺はそれを生きているとは呼べない」

「…そう」


なんだ、気に入らないのか。明らかに残念そうな表情を浮かべたなまえにそう言おうとしたが、それよりも早く明るい笑顔を浮かべたやつが口を開いた。

「じゃあ、次は楽しい話にしましょう」

「結構だ」

「私の過去話はしたでしょ。カノンは?ここに来る前は何をしていたの?市場でたくさん林檎を買っていたわ。コックさん?」

「違う」

「じゃあお友達とかご家族は?」

「………」


何が楽しい話だ。まったく楽しい話ではないぞと思ったが、自分こそなまえに遭難話をさせているのだ。大して変わらないだろうと彼女の質問をぼんやりと考えた。お友達、ご家族、サガ、…兄、だけどあいつはなんというべきか、そういった言葉より遥かに傍にいた気がした。それは双子だから、だろうか。俺にはよく分からないが、ともかく確かなのは俺にとってあいつという存在は、










「…大切だった奴が一人」

「え…」


ぽつり、と呟いてしまったと思った。余計な話だ。こんな情報はこいつに与える必要はない。さっと立ちあがってなまえの頭に手を置いた。

「この話はここまでだ」

「うん…」


どこかぼんやりとしながら俺の言葉に頷いたなまえに片眉が上がった気がした。こいつにしては珍しく元気がない、気が











いや、そんなこと、俺には関係がないはずだ

「…俺はもう行くぞ」

「うん、ばいばい、カノン」

小さく微笑んだなまえが手をひらひらと軽く振った。いつもなら私も行くー!と騒ぐくせに、
いや、なまえが来ようが来なかろうが関係ないはずだ。もうすぐ聖域との戦も近い。そんな余計なことなど全て、忘れてしまえ、カノン、






なまえはずっと手を振っていた、気がする


 

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