彼女は前のように私に微笑んでくれるようになった。
柔らかな声で私の名前を呼んでくれるようになった。
抱きしめればそっと抱きしめ返してくれるようになった。
黒く綺麗な髪が腰まで伸びた。
私たちは、また昔のように戻れたのだと思う。共に神殿の周りで花を摘んだり、彼女の少し下手な竪琴を聞いたり、何でもないことで笑い合える、そんな毎日がとても幸福だと思う。

彼女はよく笑う。
パシテアのように微笑む。

けれど私は知っている。彼女はもうパシテアとは違う。パシテアはもう死んでしまったのだ。けれどなまえは懸命にパシテアを演じる。私が気づいていないと信じているからだろう。人間の考えることは本当に傲慢だが、だがそれゆえに同時にとても愛おしかった。馬鹿な人間だが同時にひどく愛おしい。なまえがパシテアを演じるのは私の愛が欲しいから、だ。そんなものは必要ないのに。そんなことをしなくても、とうに私はなまえを愛しているのに。

けれど歪なようでバランスのとれた日々は私にとってひどく居心地が良かった。だから気づいていることは黙っていようと思う。いずれ、それができなくなる日まで。

「ヒュプノス?」
「…いいや、何でもない」
「?」

首を傾げたなまえの頭に花冠を乗せてやる。途端にぱっと笑顔になったなまえが私に抱きついた。鼻孔を擽る彼女の香りを胸一杯に吸い込んだ。

「ヒュプノス」
「なんだ」
「好きよ」
「愛している」

笑顔になったなまえの頬にキスをする。きゃあきゃあと子供のように笑いながら強く抱きついてきたなまえをしっかりと支えた。幸せな日々。これで良い。私たちは互いを愛し合っている。これ以上に完璧なことなど存在しないだろう。彼女には私だけがいればいいし、私にも彼女がいれば良い。私たちの世界は、この神殿とその周囲の少しの花畑で十分だった。それ以上なにもいらない。必要ない。
外の世界を模した神殿、外の世界に存在する花畑、青空、風、この楽園の片隅は私たちのためだけの完璧な箱庭。いや、箱庭以上の、これこそが真の楽園だと私は断言できる。

「うー」
「眠るのか、なまえ」
「うん、ヒュプノスも一緒に寝よう?」
「ああ」


ごろりと転がったなまえを抱きあげて神殿に入る。外で昼寝でも構わないがなまえの体が冷えてしまうかもしれないことを考えたら、やはり神殿の中に戻ることが的確だろう。

「ヒュプノス、好き、大好き」
「私も好きだ」
「離れないでね、傍にいてね」
「ああ、ずっと」












世界中の幸せの詰まった、その箱庭の名前はエリシオン。
私たちのためだけの、楽園。