「何故駄目なのですかっ!!」

自分の声がひどく大きく響いたことに気がついて、慌てて口を噤んだ。目の前に座るパンドラが漆黒の瞳をこちらに向けると、私を見据えてもう一度同じ言葉を繰り返した。

「…許可はできん」
「何故か、と聞いているのです」

食い下がった私に、パンドラは一度そっと瞼を閉じて小さく息をついた。
そうして彼女は美しいハープの横から立ち上がり、私の前まで歩み寄ってくる。開かれたその目が、ひどく困惑していて、私もそれ以上の言葉に詰まり黙りこむ。僅かな沈黙が部屋を満たした。

「…私は、神々の意思に逆らうことはできん」
「ならば貴女はヒュプノスの横暴を黙って見過ごせと?なまえは私の親友です。それを強引に、彼女の許しもなく連れ去ったことを許せと、そう仰るのですか」
「そうは言っていない。だがアテナよ、強引に連れ去ったかどうかは定かではない。その女性が許可を出した可能性が否定できない以上、私は」
「なまえは突然現れた男について行くほど愚かではありません」

そう言い放った私にパンドラがもう一度、困ったように息をついた。

「アテナよ、わざわざ冥界まで出向かれた貴女にこのようなことを言いたくはない。しかしエリュシオンへ行く許可は出すことはできない」
「何故ですか」
「それが許されていないからだ」
「……」


実力行使で無理に行くこともできる。しかし、聖戦が終わったばかりの聖域と冥界の仲を私の身勝手で引き裂くような真似はできないのだ。だからこそ、なまえのいるだろうエリュシオンへ訪れる許可をパンドラに求めるが、彼女はもう何度も同じように首を横に振るだけだった。

もうすぐそこにエリュシオンがあるのに、
その場所に親友がいるのに、

何故私には彼女一人を助けるだけの力がないのだろう、か

黙り込んだ私を、困ったように見たパンドラが小さく口を開いた。

「ヒュプノス様のことだ、そう心配せずともひどいことはしないだろう」
「…そういう問題ではないでしょう」
「…すまない」


そう言って困ったように眉を下げたパンドラを見て、私も眉を下げたくなる。彼女の気持ちも立場もよくわかっているのだ。けれど、どうしたって納得も引き下がることもできなかった。



「…、」





なまえ
なまえ、
早く会いたいのです。貴女はどうでしょうか。そこはつらくはありませんか、苦しくはありませんか

ヒュプノスは勘違いをしている。彼女はパシテアではない。魂を持っているだけで、彼女は女神とは違う。人間の、普通の女の子なのだ。なまえはなまえだ。

彼女が幸せで、ヒュプノスが真の意味で彼女を愛しているのなら、私はそれでも構わない。
けれど、おかしいのだ。今の状況だけは、絶対に。
ヒュプノスが愛しているのは女神パシテアではないのか。
彼女なまえはヒュプノスのことを愛しているわけではないのではないか?
だとしたら、私は絶対に今の状況を認め見過ごすことなどできはしない、いやできない。


「…また来ます」
「ああ」

苦虫をかみつぶしたような顔をしたパンドラにそう言って身を翻した。絶対になまえをヒュプノスの手から取り戻してやると誓って。




彼女を助けたいから。