なまえが執務室の窓を開ける。 夜風がさわりと室内に吹き込んだ。 宮のわきに植えられている木々が、風にゆられてざわりざわりと音を立てる。秋の入りも近いせいか、大分涼しくなってきた。窓から外を覗きこんでいたなまえが、寒かったのか一度身体を震わせて窓を閉めて振り返った。 「サガさん、何か暖かいもの飲みますか?」 「ああ」 「コーヒーでいいですか?」 「頼む」 はいはいと言いながら給湯室に引っ込んだなまえはすぐにカップを二つ持って出てくる。なまえは紅茶にしたらしい。礼を言ってからそれを受け取り、ペンを置く。書類を簡単に整理して机の端に置けばなまえがファイルに整理してくれて、彼女はそのまま目の前の椅子に腰かけた。 「なまえが聖域に来てから、もうすぐ一年だな」 そんななまえにそう声をかければ、彼女は別段不思議に思うこともなかったのか笑って頷いた。 「ええ、早いものです」 「色々あったな」 「むしろ色々あり過ぎました」 そう言って苦笑したなまえに確かにそうだと笑った。主に前半が色々ありすぎた気がする。中々できない体験だったなと言えば、彼女はもう経験したくないと言って笑った。 「いや、でもなんか最後に天国みたいなところに連れて行かれたんですけど、そこは本当綺麗でしたね。あれ、開発したら観光名所になりますよ。世界遺産も間違いなしです!」 「だがあの場所はなまえしかいけないのでは?」 「え、そうなんですか?」 「違うのか?」 「・・・よく、分からないです。でも、それじゃあ嫌です。寂しいじゃないですかー」 皆とピクニックだったら是非したいが、と笑ったなまえ。そんな彼女にあんなことも時間がたてば笑い話になるものなのだな、なんて歳よりじみたことを言うとなまえはふわりと笑った。 「そうですね」 「なまえ、ここでの生活は、楽しいか?」 「はい!楽しいです!!」 途端に目を輝かせた彼女に笑みが漏れる。そしてふと、今彼女に私の決意を告げるには丁度良い時ではないのかと気が付き、小さく息を吸った。 「その、・・・だな、なまえ」 「はい?」 砂糖を紅茶に一つ落としながらなまえがこちらを見る。 黒い綺麗な瞳と視線があうと、情けのない事に口が閉じてしまった。 今こそ勇気を振り絞る時だ、双子座の黄金聖闘士サガ!シオン様の殺害やアテナの殺害未遂時にはあんなにもいらぬ勇気がわいていたではないか!今こそ再びそれを発揮する時だ!!いや、別になまえに手を出すとかそういうわけではないのだが、とにかくあれくらいの勇気が必要な気がした。いや、勇気だけではないな、この際勢いも大事だ。 「・・・う、む」 「サガさん?どうしました?」 「その、・・・あれだ」 「・・・具合でも悪いですか?」 顔が赤いと言って立ち上がったえみかは、そのまま私の額に手を当てる。暖かな手が触れる。 「うーん・・・?別に熱はないみたいですが・・・、・・・あの、サガさん?どうしました?」 そのまま腕を掴む。少し驚いたのかなまえが目を丸くして私を見た。小さく名前を呼ばれる。だがそれに返事を返す余裕もなく、黒い目を覗きこんでずっと考えていた言葉を吐きだした。それはもう見事に、色々と考えていた前置きや選んでいた言葉など何処かへすっ飛び、用件だけが飛び出してきた。 「・・・双児宮に、こないか?」 「・・・は?ええ、構いませんが、いつお伺いしましょうか?」 「いや、そうではなくて、だな」 |