崩れた遺跡に腰かけてお弁当を広げる。 ざわ、と少し強い風が吹いて行った。それを頬に感じながら空を見上げれば、曇天が広がっていた。 「なんだか一雨きそうだね」 ざわざわと、妙に強い風に首をかしげながらそう呟く。 それを聞いた、隣に座っていた貴鬼ちゃんは、くりくりした目で私を見上げ口を開いた。 「夕方から雨だってムウ様が言ってたよ!」 「え?本当?じゃあ早く洗濯物しまっちゃわなきゃ。・・・わっ」 ぶわっとさらに強く吹いた風に目を閉じる。 「風、強いね」 「!!お姉ちゃん、もう何処にも行かないでね!?」 「え?行かないけど・・・」 いきなりどうしたのだと言えば、貴鬼ちゃんは私の服を握りしめてぽつりと呟く。 「ムウ様が、世界がなまえお姉ちゃんにアピールする時は風を使ったって・・・」 「アピール・・・」 なんか違うと思うぞ、ムウさん・・・。 だが、服を握りしめる小さな手が震えていることに気がついて、不躾かもしれないがつい笑みが漏れる。 だって貴鬼ちゃんが可愛すぎるのがいけないのだ。うん、きっとそうだ。 「大丈夫だよ。もう私はどこにも行かないから」 「本当?約束だよ!?」 「うん、約束。よーし、指切げんまんしよっか?」 「うん!」 差し出された小さな小指に小指を絡め、久しぶりの指切で約束をする。 そうすれば、貴鬼ちゃんは落ちついてお弁当を再び食べ始めた。 「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」 「なぁに、貴鬼ちゃん」 「この卵焼き美味しいよ!」 「ふふ、ありがと」 パンドラちゃんが来訪したという知らせを聞いたのは、貴鬼ちゃんとお昼ご飯を食べ終えた直後だった。 「パンちゃん!」 「なまえ!」 「久しぶり!!」 「ああ」 教皇の間に顔を覗かせれば、こちらを振り向いて微笑んだパンドラちゃんに駆け寄る。 室内にはパンちゃんと沙織ちゃん、そしてシオンさん。 何か重要な話をしていたのかと問えばそうではないと沙織ちゃんが首を振った。 「重要と言えば重要ですが・・・」 「私は十二分に重要だと思うが」 なら下がったほうが良いかと問えば2人に肩を掴まれる。 「え?え?」 「なまえさん、明日の夜はお暇ですか?」 「そうか、暇か。それは良かった」 勝手に話を進めないでくれ。 いや、確かに予定はないのだがとシオンさんをちらりと見れば、彼は肩を竦めさせて目をそらした。 なんだ、何が始まるんだ? 「そう気負うことではありませんよ」 「冥界と聖域で交流を兼ねたパーティをするだけだから。もちろん出てくれるな?」 「パーティ?」 「パーティ」 「それ、私って関係・・・」 「ありまくりですわ」 ない、といいかけた言葉は沙織ちゃんによって遮られる。 「絶対参加だぞ、なまえ。楽しみにしているから、約束だ」 「う、うん」 目を輝かせて私の肩を掴むパンドラちゃんに断るなんて芸当私にはできるはずもなく。 何がなんだかわからないうちに私は頷き、パーティとやらの出席を約束させられた。 「そうだ、なまえよ」 「なんですか、シオンさん?」 お茶でも準備しようと立ち上がった時シオンさんが私に声をかけた。 彼は手の中の書類を眺めながら口を開く。 「サガとアイオロスがそろそろ帰還するはずだ」 「あれ、早かったですね」 思ったよりも早く任務が片付いたのだと、私の言葉に沙織ちゃんが続けた。 そしてそのままにっこりと笑った沙織ちゃんは、パンドラちゃんと一瞬目配せした後にもう一度私に微笑んだ。 「なまえさん、申し訳ありませんが、彼らを迎えに行ってもらって頂いてもよろしいですか?それと、その際にパーティに必ず出席するようにと言伝てください。特にサガに」 「サガさんに?・・・うん、分かった。じゃ、失礼しまーす」 なんだか今日は沙織ちゃんとパンドラちゃんの様子がおかしかったみたいだ、なんて考えながら教皇の間を後にする。 ふと腕時計を見れば、丁度2時になったところだった。 曇天の下、傘でも持ってきたほうが良かっただろうかと考えたとき、向かいの森からアイオロスさんが飛び出してきた。 「なまえー!!ただいまー!!」 「おかえりなさぶっ!!」 「なさぶってなんだ?」 突進してきた彼の胸筋に顔面を殴打する。 ただでさえ高くない鼻がさらに引くなったらこの人は一体どう責任をとってくれるつもりなのだろうかと、彼を見上げて苦情をだす。 「突進するのは止めてください」 鼻をさすりながらそう言えば、彼は語尾に星マークがついている気がしてくるほどはきはきと答えた。 「いやだな、挨拶じゃないか!」 「どこの国に突進して衝突する挨拶をするんですか!!」 にこにこと笑いながら挨拶だと繰り返すアイオロスさんに溜め息をついたところで、サガさんが現れた。 「アイオロス、私に荷物を持たせて先に行くとは何事だ!!」 「大した荷物じゃないし、そう細かいことを気にすると早く年をとるぞ、サガ!」 「私はまだ三十路前だ!!まったく、お前という男は・・・!!!」 どうやらアイオロスさんはパンドラボックスまで投げ捨ててきたらしい。 双子座と射手座、二つのパンドラボックスを持ったサガさんは、アイオロスさんを睨みつけながらも丁寧に箱を渡した。 「次はお前の脳天に向かって投げてやる。せいぜい脳が飛び出ないことを祈るんだな」 「物騒だぞ、サガ!」 ばしばしとサガさんの肩を叩いて笑うアイオロスさんに、サガさんは諦めたように息をつくと私を見た。 「なまえ」 「おかえりなさい、サガさん」 「ああ、ただいま。なにか変ったことはあったか?」 「いいえ、なにも。あ、ただ明日、冥界と聖域でパーティをするらしいです」 そう言うと、サガさんとアイオロスさんはぽかんとして顔を見合わせる。 「パーティ?」 「さっきパンドラちゃんが来ていて、その話をしていたみたいなんですけど・・・。あ、絶対参加らしいです」 とくにサガさん、と言えば彼は目を丸くする。 「そんな突然・・・、アテナは何をお考えなのだ?」 「さあ」 すかさず肩を竦めて返して見せたアイオロスさんに本気で同意したい。 嫌な訳ではないが、いつもいつも突然過ぎる。 いや、本当に。 「でも、ハーデスさんに会うのはすごい久しぶりなので嬉しいです。助けていただいたお礼もまだ直接できていないので」 そう笑えば、サガさんもふわりと微笑んだ。 薄暗い教皇の間に、雷の音が轟いた。 もうすぐ雨が降り出すらしい。 風が蝋燭の光を揺らす。 そんな中で椅子に腰をかけてにやりと微笑みあう二人の悪人・・・ではなく女神とパンドラ。 「・・・完璧な作戦ですわ。しかし、あの堅物超奥手男がそう簡単に動かせますか?」 「そこであの男を使えばいい。双子座一人などマリオネットにしてくれる」 「うっふっふ・・・・、信頼していますよ、パンドラ」 「フッ・・・、それくらい任せるがいい、アテナよ」 奇妙なまでに笑みを浮かべる冥界の代表と自身らの女神を見つめながらシオンが小さく息をついたのを彼女は知らない。 |