「傷つけるつもりはなかった」

自分で言っていて、真に馬鹿馬鹿しい言葉だと思った。

ミーノスのコズミックマリオネーションを振り切った時の、彼女のショックを受けたような泣きそうな顔が頭から離れない。
それでも、今私が口に出したその言葉は確かに事実だった。

「私は、君が大切だし愛している」

だから笑って欲しいとは思えど、傷つけるつもりなどいつだってない。

「なまえに触れたくないわけではない」
「じゃあ、なんで・・・?あんなにも全力で拒否をしておいて、何が言いたいんですか」

扉の向こうから発せられた呟くような言葉は、揺れていた。
ああ、泣いているのだろうか。

今さらながら、あの時の自分をぶん殴ってやりたい。ついでにスニオンの水牢送りにしてやりたいものだと考えながら、一度息をつく。


「言い訳、だが」
「・・・・」
「嫌、ではなく、怖いのだ」

扉の向こうのなまえの穏やかな小宇宙が揺れる。・・・ああ、確かにこんな言葉では理解することはできないだろう。



「初めは、ゼウスにより君が天界へ連れられた時。私の伸ばした手の先で、なまえは消えた」

ゼウスの小宇宙をおぼろげに感じていながらも、守り抜くことができなかった。

「そして、あの日、君が世界を捨てようとした時、手を伸ばしたそのすぐそこで、君は再び消えた」

柔らかな笑みを残して、目の前で。



「二度、触れることも叶わずに君は私の前から姿を消している」

自らの力不足のせいで、たった一人の女性すら守り抜くことが出来なかった。なんて愚かで惰弱なことだろうか!




そして、まだ私は恐れているのだ。



「触れようとすれば、またなまえが私の前から姿を消すのではないかと」

もはや、そんな要素はどこにもないのは分かりきっている。あの時とは状況が違うのだと言うことも理解しているつもりだ。それでも臆病なことに、未だ触れることすら恐ろしい。

「笑うだろうか。それとも怒るか?ただ恐ろしかったなどという理由で君に触れることを拒否してきた私を」

扉の向こうの小宇宙はもう揺らぐことはなかった。
そしてなまえはもはや何も言わず黙り込んだまま。もしかしたら、もう聞いていないかもしれない。だけど、それでも構わなかった。懺悔を聞き入れてもらおうなどとむしの良い話を考えているわけではないのだからと、小さく息をついて扉を見つめた。



「傷つけてしまったな」



すまない、と言いかけた瞬間、扉が開いた。











扉を開けた時、サガさんは一瞬驚いたように青い目で私をみた。だがすぐに困ったように眉を下げて口を開いた。

「なまえ、すまなかった」
「ショ、ショックだったんですからね!」
「ああ、分かっている」
「うー・・・」

俯いた私に合わせて背の高い彼がかがんで笑った。


「もし、許されるのなら、本当に今さらだが触れても良いだろうか?」
「いっ、いいに決まっているじゃ・・・!!」


全ての言葉を言いきる前に、彼の暖かな腕の中に包まれた。
途端に、今まで考えていたこととか、悩んでいたことが脳裏をよぎって、じわりと涙が浮かんだ。


「き、嫌われたかとっ、思って・・・」
「まさか。愛している」

そう言って腕の力を強めたサガさんの胸に顔を押し付ける。
泣き顔なんて絶対ブサイクだし、見られたくない。でも、それ以上にようやく彼が触れてくれたという事実と、全て擦れ違っていただけだということに気付けて、ただ私は嬉しかった。

「愛してる」
「わ、私も、です」

そろそろと腕を彼の背中に回して、ぎゅっと力を入れてみる。
すると、彼がふ、と笑った気がして首を傾げる。

「サガさん?」
「いや、・・・この間アイオロスが言っていた通り柔ら、・・・な、なんでもない。気にするな」
「?」

見上げれば目を反らしたサガさんを不思議に思ったとき、丁度、壁にかけられた時計がなった。それにサガさんがぴくりと動いて私から離れる。そして、慌てて時計の時刻を確認したかと思えば、顔を蒼くして一歩下がって頭を下げた。

「私としたことが、こんな夜分に女性の寝室を訪れるなど・・・!どうか無礼は許してくれ」
「ふふ、もちろんです」

彼が離れたことによって、温もりが離れ、少し寂しく感じながらも、顔面蒼白のまま夜分だということをしきりに気にする彼に笑みが漏れる。やっぱり真面目で、素敵な人だと思う。

ああ好きだな、なんて考えて、ちょっと恥ずかしくなって慌ててその思考をシャットアウトする。
ああ、それにしても鼻が痛い。赤くなっているに違いない。真っ赤なお鼻のトナカイさんがーなんて歌があったな。きっとそんな状態だ。少し恥ずかしいぞ。

「その、では私は・・・、宮へ戻るが」
「はい。お休みなさい。また、明日」
「ああ」

そう言って微笑めばサガさんも微笑んだ。が、彼はその場から動こうとはしない。私の部屋の目の前なのだし、見送るつもりでいたので不思議に思って彼を見上げると、彼は意を決したように私を見た。

「サガさん・・・?」
「・・・また明日」
「・・・・・!!!!」

ふ、と頬に手が添えられたかと思えば、唇に何かが触れた。



「・・・!!!?」
「おやすみ、なまえ」
「え、え!?」

なんだ?


彼は何をした?

き、き、・・・きす?い、いやいやいや、ギリシャじゃ挨拶だよ!これくらい!!多分!
で、でも私は日本人でそんなスキンシップの挨拶だなんてちょっとおかしいのではないかと思うんだけど、あれおかしいのは私の思考だよ、だってあれは挨拶なんだもん!いやでも挨拶でキスをされたことなんてないぞ!ていうことは、あれはなんだ!だめだ、落ちついた思考ができない!!


みるみるうちに小さくなっていく背中を見つめたまま、私は急に力が抜けてずるずると壁を背にへたり込んだ。



なかなおり
(昨晩真っ赤な顔したサガが私の宮を通って行ったんだが)
(あ、それ俺も見たぞ!)






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