「あっ、私最近ギリシャ神話の勉強始めたんですよー!」
「そうなのか!?俺、超格好良いだろー!」

私の肩をばしばしと叩きながら、度数の高そうな酒を一気に空けたアイアコスさんの言葉に首を傾げる。

「え、ご本人なんですか?」
「フッ・・・、ギリシャの英雄アイアコス様とは俺のことだ!」
「まっ、まじですか!めっちゃ長生きですね!え、若づくり・・・?あれ、おいくつなんですか・・・?」
「アイアコス、なまえをからかうのは止めてやれ」

カノンさんと話していた素敵眉毛おにーさんが、いつの間にか傍に来ていてアイアコスさんを諌める。

なんだ、冗談だった・・・のか?

「いや、でもあの、アイアコスってすごいですよね。蟻をぼこぼこ人間に変えちゃいますし」
「いや、あれはアイアコスではなく神が・・・」
「なのに奥さん二人に見捨てられて子供にも・・・」
「・・・そこは目を瞑ってやれ」

深く気にしてはならんとラダマンティスさんは首を振る。
だが、そんな彼と同じ名前を持つ神話の人物も中々に奇想天外な行動をしてくれているではないか。

「ラダマンティスも中々ですよね!お父さんの女の人と、」
「あー、それ俺も思った!真似できないよなー!」
「いやいや、奥さん二人娶ったアイアコスよりは・・・」

結局どっちもどっちなのだが、それにしても神話にはろくな男がいないのか。
悲恋の帝王の理性の神に、浮気ばかりの最高神、・・・あれ、そういえばハーデスさんってめちゃくちゃ一途だった気が・・・。あとお酒の神様がとてつもなく紳士で、中世の騎士物語にでてきそうだったな・・・。

「でも、一番ひどいのはミーノスだよな」

だがそんな思考をかき消すような笑い声とともにアイアコスさんは人差し指を立てながら言った。

「あ、思いました!ちょっと不憫キャラですよね!すごく格好いい王様のはずなのに!!」
「牛に嫁を取られるなんてミーノスもまだまだだぜ!」
「アイアコス、言い残したことはそれだけですか?」

いつの間にか戻ってきていたミーノスさんがアイアコスさんの背後に立つ。
顔に笑みこそ浮かんでいるが、声が非常に恐ろしい響きを含んでいた。なんというか地を這うような声だ。
それに顔を青ざめたアイアコスさんがそろりと振り返る。

「うわっ、何をそんなに怒っているんだよ、ミーノス!!」
「もはや言葉は不要、コズミックマリオネーション!!」
「うわ、やめろって!!」

どたばたと走って逃げ回って行ったアイアコスさんと、それを追いかけるミーノスさん。
さらにそれに静かにしろと怒鳴るラダマンティスさん。

うん、なんだか冥界に行った時を思い出して楽しい。
ヒュプノスさんとタナトスさんも来てくれれば良かったのに、と呟けばラダマンティスさんが苦笑した。

「さすがに冥界を部下達だけに任せ、上層部が全員留守にするわけにはいかん」
「え、じゃあヒュプノスさんたちがお仕事を?」
「・・・いや、・・・エリュシオンで留守番をしている」
「ニー・・・」
「ニートではないぞ。・・・多分」
「あら、ニートでしょう」

目を反らして呟いたラダマンティスさんの背後からにこにこと笑いながら現れたのは沙織ちゃんだった。

古代ギリシャ風のドレスがとてもよく似合っている。さすが女神。

「タナトスはともかくとして、ヒュプノスの仕事なんて眠ることじゃないですか、立派なニートですわ。・・・ラダマンティス、ようこそ聖域にいらしてくれました。歓迎しますわ」
「いや、こちらこそお招き感謝する。・・・パンドラ様は?」
「あちらでカーテンの後ろに引きこもっている冥王の相手をしていますわ」

・・・まだカーテンの後ろにいたのか、ハーデスさん・・・。

「あれ・・・アイアコスさん・・・」
「あら、まあ」
「・・・ミーノスめ」

ふと、沙織ちゃんの背後に目に入ったアイアコスさんはものすごく嫌そうな顔をしながら某は○ぱ隊のダンスを踊っていた。

「彼は何を?」
「うふふ、さすがミーノス、期待通りの働きをしてくれそうですわ」
「え、ミーノスさん関係あるの?」

さらにコマ○チまでし始めたアイアコスさんに首をかしげながら沙織ちゃんに問えば彼女はくすくすと笑った。

「今の彼はミーノスのマリオネットのようなものですわ」
「小宇宙的な技?」
「ええ、まあ」

うん、なら説明を深く聞いたところで私にはなんかよく分からないけど、とりあえずすごい、ということしか分からないのだろうから気にするのは止めておこうと、遠くで指だけ動かすミーノスさんを眺める。

・・・うん、さすがに良い笑顔だ。
さすがドSイッチ!彼はSの国の教皇に違いない。
それか、ドSの星から地球にやってきたドSの大使だ。

「うわっ」
「なまえー!」

ずしっと背中に重みを感じて、驚いて振り返ればすっかり出来上がったアイオロスさん。
うん、非常に酒臭い。

「これからリアと一緒にランニングに行くんだ!ローマまで!」
「いや、ランニングで行ける距離じゃないですよね?国が違いますよね?ていうか最短距離で行くには間に海が、」
「それくらい泳げばいいんだ。一緒にどうだい!?」

落ちついて冷静に対処しようとした私の手を掴んで、彼は目を輝かせて誘ってくる。
いや、ここはギリシャだ。ローマは海の向こうのイタリアの首都じゃないか。飛行機で行く距離じゃないか。それをランニングと泳いで行くのは無理がある。一般人は途中でおぼれて死ぬ。海底の深いところに沈む。

「無理です」
「最初から諦めたていたら何も始まらないぞ!!そうだ、なまえ!あのパルナッソスの頂きのように・・・、いや、悠久の時を聳えるあのパルナッソスになるんだ!」
「いや、どこのプロのテニスプレイヤーですか。言っていることがめちゃくちゃです。飲みすぎですよ」
「仕方ない、今回はリアと二人で行ってくるよ!また今度一緒に行こう!」
「・・・善処します」
「兄さん、準備は万端だ!!」
「よし、行くぞ、リア!!あの太陽に向かって走るんだー!!」
「ああ、兄さん!!」
「・・・なんだ、あの兄弟は」

ラダマンティスさんが、顔を引き攣らせて教皇の間から飛び出ていった兄弟の、あっという間に見えなくなった背中を眺めた。

今日のアイオロスさんはとてつもなく酔っていたし、驚くのも無理はないだろう。
そう思って彼を見れば、ラダマンティスさんは大真面目だというような顔できっぱりと言い切った。

「今日は雨で太陽は出ていないぞ」
「・・・・・」

問題はそこなのか。
ああ、なんだか真面目に距離とか位置関係とか考えていた私が馬鹿みたいじゃないか。

・・・・もうこの雰囲気に乗るしかないと、私は小さく息をついてラダマンティスさんに言った。

「雨以前に、そもそもとっくに日没しました。・・・?」

そんな時、デスマスクさんやミロさんの大爆笑が聞こえて驚いてそちらを見る。
見れば、いつの間にか解放されたらしいアイアコスさんまで腹を抱えて笑っている。

なんだ、何があったんだ。

「なんだ?」
「さあ・・・?」

ラダマンティスさんが眉を顰めて誰にとなく呟いた言葉に首を傾げて、皆の視線の先をたどれば、そこにいたのはサガさんで。


「・・・えーと、これは幻覚でしょうか」
「いや・・・」


むしろ幻覚であってくれという願いも込めた、私のその言葉に、ラダマンティスさんは顔を顰めたまま首を振った。








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