「確か、この上に」

前に料理長さんがお土産にくれたクッキーを置いておいたはずだと給湯室の箪笥の上を見上げる。

「・・・高い」

背伸びをしても、手を伸ばしても、手がかすりもしない。
ああ、そうだ。アルデバランさんに置いてもらったんだから、私に届くはずないじゃないか、馬鹿!!

でも、確か料理長さんも紅茶にあうと言っていたし、ぜひ沙織ちゃんにも持って行ってあげたい。

「・・・・」

くるりと振り返れば、そこにある椅子。

「・・・・よし、・・・よし」

椅子を運んで箪笥の横に寄せる。これで届くに違いないと靴を脱いで椅子の上にのる。
なんだかとてつもなくぐらぐらする。見れば、椅子の足が腐っているみたいだ。

「・・・これ、まだ使えるのかな」

どう見ても今にも壊れそうだ。
何とも危険だと本能が告げ一瞬足をおろしたが、捨てる場所ではなく給湯室に置いてあるのならまだ大丈夫なのだろうと判断して再度椅子に乗って手を伸ばす。

おお、届きそうだ。

「なまえ、何してるんだ?」
「うひゃあ!」

手を伸ばした瞬間、腰に両手が添えられて悲鳴を上げる。
だ、誰だ!さっきまで誰もいなかったのに!!

「危ないぞ」
「ア、アイオロスさん、サガさん」
「何をしているのだ、なまえ。落ちて怪我でもしたら危ないから降りなさい」
「いや、あのクッキーを取ろうと思って。お二人は?」

箪笥の上を指さしつつ問えば、サガさんは任務だといった。
二人で任務だなんて珍しいなと思っていれば、アイオロスさんが笑った。

「サガと任務に出ると、細かいところまで厳しいから私はいやだって言ったんだけど」
「アイオロス、お前は適当すぎる」
「そんなことないぞ。ミロとかもっと適当だろう」
「あいつは論外だ・・・。どこの世界に潜入捜査にいって"潜入捜査に来ました!"と堂々と宣言する馬鹿がいるんだ」

ミロさん・・・。

さすがの私でもそんな宣言はしないと誓えるぞ。
だがなんともまっすぐな彼らしいとは思うが、サガさんは頭を抱えて息をついた。

「ふふ、でもミロさんらしいです」
「なまえ、私たちは三日ほどで帰ると思うが、もし何かわからないことがあったらシオン様に聞くといい」
「はーい!」

さて、ではクッキーをとって私も沙織ちゃんのところへ行こうと椅子の上で立ち上がってクッキーに手を伸ばす。
サガさんが危ないと私の名前を呼んだが、指先にかすったそれをつかむことを優先した。


・・・から神様が怒ったのだろうか。


「わ、」

バキッと音を立てて椅子の足が折れた。

「なまえ!!」
「―――っ!!!」

ぐらりと身体が傾いて衝撃に備えて目をつむったが、覚悟したそれは訪れることなく代わりに暖かな何かに受け止められた。

「・・・なまえ、だから危ないと言ったのに!」
「わ、す、すみません、アイオロスさん」

ばっちりとクッキーの缶も片手に持ったアイオロスさんが私を支えてくれたらしい。
目を開ければ目の前にあった彼の顔に謝る。

「なまえ、大丈夫か?」
「びっくりしましたー」

心配げに私の顔を覗いたサガさんにへらりと笑えばアイオロスさんが小さくため息をついた。

「私たちに一声かければよかったのに」
「アイオロスさん、ありがとうございました!」
「どういたしまして」

ふわりと微笑んだアイオロスさんから離れてクッキーを受け取る。
これからどうするのかと問われ、沙織ちゃんと映画を見ることを告げればアイオロスさんがならば早く行ってやれと笑った。

「今頃待ちくたびれて邪武を椅子代わりにしているかも」
「え・・・、この間日本に行った時彼は嬉々として椅子になっていましたが」
「あの光景はあの二人に、というより他の人間の目に毒だ」
「確かに」

そう笑ったアイオロスさんに苦笑して、サガさんと彼に頭を下げる。

「ご迷惑をおかけしました!」
「次からは気をつけなさい」
「はーい!では、行ってらっしゃい。任務お気をつけてくださいね!」

ひらひらと手を振ったアイオロスさんに振り返して、私は給湯室から駆けだした。








雨の音がひどく耳ざわりだった。

「どうしてなまえを助けなかった?」

そう口に出した瞬間、近くに雷が落ちたのだろう。
轟音が轟いた。

だが、そんなことは気にも留めずに私から目を反らした親友を見据える。

「サガ」
「・・・結局なまえはお前のおかげで助かっている。何も問題はなかった」
「結果論とはお前らしくないな?私の知っているお前ならば、なまえが落ちた時迷わず動いたはずだ。違うか?」

あんなにも大切にしている恋人だろうと言えば、サガが僅かに端正な顔を顰めた。

「・・・アイオロス、何がいいたい?」
「私は聞いているだけだ。何故彼女を助けなかったのかとね。返答次第によっては、私はお前を許さないぞ、サガ」

給湯室に沈黙が満ちて、雨が窓を叩く音だけが響いた。
サガは、じっと私を見つめ、私も彼から視線を離さない。

「周りには誰もいない。私にくらいになら話してくれてもいいんじゃないのかい?」
「・・・」

これでも幼いころから一緒に育ってきたんだと言っても、ぴくりとも動かないサガに仕方なしに最終兵器を使うことにする。

「サガ、言わないのなら構わない。なまえが、お前が何歳までお漏らしをしていたかを知るだけだ」
「・・・アイオロス、お前は本当に性格が悪いな」
「さて、なんのことだか」

苦虫をかみつぶしたような表情でサガは私を睨みつけた。
それにへらりと笑って返せば、いい加減に諦めたのかサガは小さく溜め息をついた。
黄金聖衣がカチャリと音を立てる。

「・・・・私は」


再び、雷鳴がとどろいた。

その直後、強い雨が窓をたたきつける。
そんな中、サガの低い声はとてもよくとおった。

「・・・それだけだ」
「・・・サガ、今ほどお前を馬鹿だと思ったことはないぞ」


サガに告げられた言葉は、はっきり言って拍子抜けなものだった。
だからこそ、ついそう呟いたのだが彼は気に入らなかったらしい。
綺麗な顔を歪めて私を睨みつける。

「黙れ、アイオロス」
「・・・サガは気にし過ぎだと思うが」
「・・・それならどれだけ良いだろうか」

ぽつりと聞き洩らしそうなほど小さな声でサガは呟いたが、彼はすぐに顔を上げる。
一体どうしたのかと周囲に気をめぐらして気がつく。給湯室に向かってくるシュラの小宇宙だ。

「・・・アイオロス、任務に遅れる。この話は終わりだ」
「分かった。その代りサガ、任務から帰ってきたらなまえにハグしてみるべきだと思うぞ」
「馬鹿を言うな、アイオロス!」

僅かに顔を赤らめて怒鳴ったサガを睨みつける。

「何が馬鹿なことだ!なまえはな、すっごく柔らかいぞ!それに良い香りだし、腰なんてすごく細い・・・」
「アイオロス、お前がそんなに星々が砕ける様を見たかったことに気づいてやれなくてすまなかった。遠慮はいらん、とくと見るが良い!!」
「そんなに怒ることじゃないだろう!!」








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