いたって真面目な表情の彼から察するに、彼らにとってそれは死活問題らしい。 こっそりとムウさんでも呼び寄せたりでもしたら、小宇宙の分かる彼らは逃げてしまうかもしれない。 「・・・・、」 ・・・・私のときは元に戻るのに五日かかった。 さすがに五日間もこの状態の彼らを隠すことは私にはできない。 ・・・あとでサガさんたちが眠ったら、こっそりムウさんとシオンさん、あと沙織ちゃんに話に行って、しばらく彼らのお休みをもらっておくのが最善手だろうか。 ほかの黄金聖闘士のみなさんにばれないといいけどなぁ・・・。デスマスクさんとか結構鋭いからなぁ・・・。 うう、厳しい。でも、そこはシオンさんとかに協力をしてもらって、それで・・・。 「なまえさん?」 「あ、ごめん。なんだっけ?」 「貴女は本当に何者なのだろうか」 女官服もまとっていないし、かといって聖闘士の気配もないと彼はわずかに目を細める。 困ったな。なんと説明しようか。 『あなたの恋人です!』 きっと頭がかわいそうな人扱いされるのだろう。却下。 『女神の補佐官です!』 "彼"は沙織ちゃんを知らない。きっと頭のおかしい人扱い以下略。 「うーん・・・」 そう頭をひねらせていると、カノンさんがばたばたと私たちのもとへかけてくる。 「おい、なまえ!俺のベッドの下からエロ本が出てきた!!」 「ぶはっ!!カ、カノンさん、なんてものを!!」 「俺じゃない!」 「あ、あなたじゃなくて・・・、えーと、ああ、ややこしいな、これ!」 ぷりぷりと怒り出したカノンさん(小)に謝りつつ、エロ本をゴミ箱に突っ込む。すみません、カノンさん(大)、教育衛生上、これはよろしくないです。 「ああ、とりあえず今日はもう寝ましょう。というか寝てください」 「え、おい・・・」 ぐいぐいとふたりをサガさんの部屋に押し込む。 シーツは今日かえたばかりだからきっと心地いいだろうと双子をベッドの中に突っ込めば、カノンさんが抗議の声を上げた。 「なんでこいつと同じベッド・・・!」 「カノンさんの部屋からはさらに教育衛生上好ましくないものが発見される可能性大なので」 「う・・・、カノン!私の足を踏むな!」 「俺の足元にお前の足があるのが悪い!」 「なんだと!」 「ああ、喧嘩しないで仲良く寝てくださいね!!」 ホットミルクでも淹れてきてやろう。 少しは落ち着いて眠気もやってくるだろうし、と立ち上がった瞬間首がしまった。 「ぐえ」 「色気ゼロだな」 カノンさんのあきれたような声に振り向けば、私のシャツをつかむ二つの手。 「なんですか」 そういえば、ぱっと離される二つの手。 「どうかしましたか」 そういえば、ふっとそらされる視線。なんだ、いったいなんだと言うんだ。 「・・・い、行かないでほしかったとか?いやいや、まさかー!あはは、すみませんごめんなさい、冗談ですからそんな睨まないで下さいよ」 無言で私をにらむカノンさんから目をそらす。 そういって立ち上がれば再びつかまれるシャツの裾。 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・わかりました。眠るまでここにいましょう」 「す、すまない・・・」 「別に頼んでないからな」 「カノンさんってツンデレの素質ありまくりですよね」 ベッドのわきに椅子を持ってきてそこに座る。 電気を消してやれば真っ暗になると思った部屋は、窓から差し込む青い月明かりによってぼんやりと照らされた。 「・・・なまえさん」 「どうしました、サガさん」 「先ほどの話、」 「うん?」 未来の、と続けた彼にうなづく。 「もう皆が大人って話?」 「そうだったら、どれほど良いかと思う」 暗い部屋に、落ち着いた彼の声だけが聞こえる。 カノンさんも、今は静かに聞いているようだ。恐らく、一体なんの話をしているのかさえ分かっていないだろうし、当然かもしれない。 「なまえさん、そこでは、カノンは、日の下で生きていけるのだろうか」 「ええ、もちろん。聖域も海界でもどこへだって行けますよ」 「そこでは、私たちは双子だと、胸を張って皆の前で笑っていられるのだろうか。」 「それはもうやりたい放題ですよ。あ、でもできれば兄弟喧嘩で双児宮を壊すのはほどほどにしてください。シオンさんが怖いです」 「・・・おい、なんの話だ?」 のそりと上半身を起こしたカノンさんが私のほうを向いた。 早く寝てくれと肩に手をかけてゆっくりと、横に倒せば、もう一度なんの話だと彼は首をかしげた。 「今の話ですよ」 「俺が日の下で生きていけるはずがない」 「生きていけます」 「私がいる限りそれはできない」 「できます」 「俺はスペアだ。それはこれからも変わらない」 そう呟いたカノンさんの言葉に、サガさんが息をのむ。 まったく互いに大切に思っているくせに、どこまでもすれ違う子たちだ。思春期ってこんなだっただろうか? だが、話の雲行きが悪くなってきた。 生真面目すぎるサガさんと不器用なカノンさんだけに任せたら、きっと子供に戻れた貴重なこの時間も喧嘩で終わってしまうのだろう。そんなのは勿体なさすぎる。 「俺は、生まれてこなくたってなんの問題もなかった」 「私は、カノン・・・」 「私はお二人が生まれてきてくださったことに感謝していますよ」 28歳だというのに本気で兄弟喧嘩をするところとか聖域を盛り上げてくれますし、と言うとサガさんがそれは褒めているのかと呟いた。 い、一応ほめ言葉だ。私にとって彼らの喧嘩は死活問題だが、黄金のみなさんは楽しんでいる節がある。特にアフロディーテさんとか。 シオンさんも、宮さえ壊れなければ。 「喧嘩じゃなくたっていい。普通に、一緒に話して、笑って、散歩して、仕事をして」 「・・・」 「優しいサガさんが、大好きです。さりげなく励ましてくれるカノンさんが、大切です」 「・・・なまえ」 「私は、お二人が生まれてきてくれたことが、本当に嬉しい。どちらか一人じゃない。貴方達二人が生まれてきてくれてよかったと思います。あなたたちと出会えて良かった」 なんだかんだ、サガさんもカノンさんと喧嘩しているときはちょっと嬉しそうだし。 私には喧嘩の何が楽しいのか正直理解できないが、そこは彼らにしか分からない何かがあるのだろう。 ・・・・。 あれ、なんだこれ、ちょっとジェラシー? 「しかも良く考えたら、私よりカノンさんのほうがサガさんのこと知ってる!しかもずっと一緒にいる!ま、負けた!!完全にカノンさんに完敗!!」 でも、しょうがないかと思えちゃうところが、なまえちゃんさらに悔しい!ぷんぷん!!・・・え?かわいくないって?ほうっておいてくれ!地味に傷つくんだぞ。 「くっそー。・・・あ、今日は満月なんですね。ほら、見てください、とっても綺麗ですよ」 青白い光が差し込む窓から見えるのは、ぽっかりと丸い月。 気分転換にちょうどいい。 ふと見えた時計が、もう後数秒で日付が変わることを告げる。 相変わらず満月が青白い光を発している。 見ているのか、見ていないのか、それとももう眠ってしまったのだろうか。静かになった双子に向けて、私は口を開いた。 「サガさん、カノンさん」 時計の音が、カチリ、と響く。 日付が、変わった。 「生まれてきてくれて、ありがとう」 (ありがとう) (ハッピー、バースデイ) |