誰だろう。

まったく心当たりがないのだが、沙織ちゃんはただニコニコと笑いながら受話器を差し出してくるだけだ。

なんだ、誰だ、誰なんだ。

「だ、誰?」
「出てからのお楽しみですわ。それではお邪魔虫は退散することに致しますね」

そう笑って、受話器を私の手に握らせた沙織ちゃんは、スキップでもしそうな勢いで部屋を去って行った。

で、結局誰からの電話なんだ!それは分からないままじゃないか。まさか悪質業者からじゃないだろうな。だったらなまえちゃん泣いちゃうぞ!

白い受話器を眺めながら一瞬問答し、女は度胸だとばかりに耳元にあてる。

「・・・も、もしもし?押し売りなら結構です。あと悪質業者も結構です。間に合ってます」

間に合っているって何がだ。
駄目だ、緊張しすぎて意味がわからない。電話ってこんなに緊張するものだったか・・・。

『・・・、なまえ?』
「・・・え、サガさん?」

低く落ちついた声は、彼以外に思い浮かばないのだが、十二宮には電話なんてない。そう沙織ちゃんに聞いた。だから、連絡をとるのは諦めていたのだが電話の向こうの声は、確かに彼のものだった。だが、まさか、と思いつつも聞き返せば肯定の返事が返ってきた。

「え、どこから電話なんて、・・・」
『ロドリオ村で借りている』
「ああ!それで、なにかあったんですか?書類の場所とか、」

ああ、我ながらなんて色気のない会話だろうと思う。
でもあの真面目なサガさんがわざわざ電話してくれるくらいだ。なにか仕事の話しに違いないと思ったのだが、それはどうやら私の見当違いだったらしい。

『い、いや、仕事の話ではないんだ』
「そうなんですか?」
『・・・その、元気か?風邪はひいていないか?』
「はい!元気ですよ!サガさんこそ、ちゃんと休憩とってますか?」
『それなり、だな』

やばい。

『日本は今夕方か?』

これはまずい。

「は、はい。夕方です!そっちは朝、ですよね?えへ、ちょっと時差ぼけにやられましたよー。また帰ってからしばらく大変です・・・」
『そうか、しっかり睡眠をとって体調には気をつけなさい』
「合点了解であります、隊長!!」
『だ、大丈夫か?』

まさか、サガさんが電話してくれるだなんて思ってもいなかったから心臓が口から飛び出そうだ。

自分で何を言っているのかもわからない。ああああ、なんか恥ずかしい!合点了解って・・・、隊長って・・・!!!なんだよ、私のばか!次どんな顔して会えばいいんだ!

「えへへ、お土産買って帰りますね!」
『ああ、私も一緒に行けたら良かったのだが、そうもいかなくてすまなかった。・・・すまない、仕事の合間にかけているんだ』
「ああ、分かりました。じゃあ、今日も一日、えっと、カリ プロオド・・・?」
『合っているよ。ありがとう、なまえ』

えへへ、と笑い、彼の仕事の邪魔をするわけにもいかないだろうと、そろそろ切る旨を伝えると、サガさんが言葉を詰まらせた。

『なまえ、その・・・』
「はい?」
『あ、・・・あ・・・っ』
「あ?」

一瞬の沈黙。珍しく震えているサガさんの声。なんだ、一体どんな重大発表をされるんだ?
あ・・・?あいつぶっ飛ばそうぜ!?・・・いや、ない。あー・・・、アーメン!・・・いや、サガさんはキリシタンじゃない。



『・・・、愛してる』
「は、」
『君の帰りを待っている』
「え、ちょ」


プッ、ツー、ツーと耳元でなる機械音がみるみる遠くなる。
がしゃっと音を立てて落ちた受話器を慌てて拾う。

「・・・はっ、」

彼はなんと言った?
あ、ああああ、あい、愛してる?
げ、幻聴か!なんて都合のいい幸せな幻聴なんだ!!いや、幻聴なんてそう聞こえるものじゃないだろ、私!なるほどじゃあ夢か!!

「う、わっ!」

テーブルの上から落ちたらしい今日の特売品の並んだスーパーのチラシを踏みつけてすっ転ぶ。
痛い。お尻がいたい。つまり、夢じゃないと言うことか。

夢じゃない?
あのサガさんが、わ、私に、



「・・・・・・ほうわあああああああっ!!!」
「うるさいぞ、なまえ!!!」
「ご、ごめんなさい、辰巳さん!」

ボッと赤くなった顔を押さえて奇声を上げれば、丁度庭で薔薇の手入れをしていたらしい辰巳さんがぷんすかと怒りながら腕を振り上げた。
テラスから身を乗り出して謝れば、彼はそこまで気にしなくても良い!と叫んだ。なんなんだ、一体。
だが、今はそんなことはどうでも、いいのだ。



「うー・・・っ」



触れた頬は、とても熱かった。




ハローハロー、ラブコールは届きますか、
(Yes, Yes, ばっちり届いてわたしの心臓を貫いていきました)










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