「おい、いい加減にしてくれよ」
「・・・俺に言うな」

殺気だった執務室から休憩だと名目をつけて逃げ出す。
一緒に脱走して来たシュラにありえねえと呟けば、やつはもともと細い目をさらに細めて俺を睨んだ。

「何故止めなかった」
「俺のせいかよ!」
「お前はなまえが日本に行くと言った時聖域にいたんだろう。そのとき何故止めなかった、この馬鹿蟹!」
「へーへー、俺だって暇じゃないんだ。候補生の訓練つけてたんだよ。だから、あいつが日本に行ったのは今日知ったんだ!!」

あー、まったく女神も余計なことしてくれる。
なまえを溺愛しているサガが、あいつがいなくなった時どうなるかくらい想像に難くないって言うのに、なんだって大した用事もないのに日本なんかに連れて言っちまうのかねぇ。

「おや、デスマスク、シュラ。休憩かい?」
「アフロディーテ」

薔薇の香りとともに澄んだ低い声がかかる。
振り向けば、髪をうっとおしそうにかきあげながらこちらに歩いてくる薔薇男。

「アフロディーテ、今日は非番では?」
「それがね、可愛いなまえもいないし暇だから、ロドリオ村の草むしりにでも参加してこようかと思っていたんだけど、黄金がそうそう自宮をほったらかしにするわけにもいかないだろう?サガに許可をもらいに来たんだよ」

暇だから村の草むしりって、どんな発想だ。
その顔からは想像もつかない行為を行おうとするアフロディーテに溜め息をつきつつ、昔馴染みのよしみで忠告をしてやることにする。

「サガが物凄い殺気立ってるからやめといたほうが良いぜ」
「おや、何故?」

まったく不思議だとばかりに眉を僅かにあげたアフロディーテに溜め息をつく。

「何故ってお前・・・、そりゃあなまえがいねえから」
「なるほどね。でも、彼女がいないなら小宇宙通信なりなんなりすればいいだろう」
「なまえがいつ小宇宙通信なんぞできるようになったんだよ、馬鹿。それはパンが買えないけどケーキは買えるって発想と同じだぞ」

そもそも小宇宙がなんなのかさえ、あの女はよく分かっていないに違いない。
俺の積尺気冥界波を手からビームとかいいやがった。
小宇宙をなんだと思っているんだ。いや、確かにビームに見えるかもしれないが、断じて違う。だが何を言っても小宇宙を感じられないなまえには理解できないらしい。そんな女に小宇宙通信なんて使えるわけもないだろう。

「電話という手段もあるだろう?」
「十二宮に電話回線が通っていたらさぞ便利だろうなぁ」

この不便極まりない、古代そのままの暮らしの十二宮を眼下にそう呟けば、今まで黙っていたシュラが口を開いた。

「・・・そもそも、連絡をとるにしても仕事の話だろう?さすがのサガも、それでは楽しくないのではないか?」
「何言っているんだい、恋人同士なんだ。世間話に愛の言葉、連絡の内容なんて盛りだくさんだろう?」
「そうだな、それから・・・て、は?おい、アフロディーテ、お前今、なんて言った?」
「世間話に愛の言葉、・・・」
「その前だ!!」
「・・・恋人同士?」
「ちょっと待て、いつなまえとサガが恋人同士になったんだよ!なんだよそれ、スウェーデンジョークか?」
「君こそ、そのイタリアンジョークは笑えないな。まさか気づいていなかったのかい?」
「うそだろ!!マジかよ!!!」

我らが可愛い可愛い雑用がいつのまにかサガの恋人になっていたなんて!!あいつの恋人なんて仕事で充分だろ!なんでよりによってなまえなんだよ!!

「本当なのか?」
「本当だよ。そんなに驚くことかい?むしろ君たちが気づいていなかったことに私は驚きだ」

フッと息を吐きながら肩を竦ませたアフロディーテはそのまま言葉を続けた。

「カノンも言っていたぞ。なまえがいた時は気持ち悪いくらいに幸せオーラを撒き散らしてデレデレしていたくせに、彼女が不在中はとてつもなく不機嫌で、朝寝坊しただけでトースト焼き器に頭を突っ込まれかけたって」
「なんかの間違いだろ!仕事が恋人のサガの恋人がなまえ!?両刀使いかよ!シュラのエクスカリバーじゃないんだぞ!」
「激しく意味を間違えているよ、デスマスク」
「おい、俺の聖剣をそんな変なものと比べないでくれ」

騒ぐ悪友を放置して俺は再び重い空気の執務室に飛び込む。
先程と変わらず書類に埋もれるサガがちらりとこちらに視線を寄こした。

「休憩が住んだなら、早く仕事に」
「おい、サガ!なまえと付き合ってるってマジかよ!!」
「もどれ。・・・は?」
「いや、は?じゃなくて、なまえと付き合ってるってマジかって聞いたんだよ。・・・ああ、あんたのそのトボケ顔じゃまったく関係ないんだな?悪いな、俺の勘違い・・・」
「だ、誰に聞いたのだ!」
「え」
「デスマスク、この馬鹿者が!そう大声で言うことではなかろう!!だれにそれを聞いた!」
「隠すことでもないだろう、サガ?それにね、私にはバレバレだよ。あとムウやシャカなんかも気づいてるね。あとアイオロス。朝ちょっと用事があって人馬宮に行った時はぼろ雑巾みたいに死にかけていたよ」

部屋に入ってきたアフロディーテと心なしか衝撃を受けたような表情を浮かべるシュラに視線をやったサガは、居心地が悪そうに目を泳がせた。

「隠していた、わけでは」
「分かるよ、サガ。・・・恥ずかしかったんだろう」
「いや、どこの甘酸っぱい男子中学生だよ。いい年して情けねえ」
「冗談さ。まあ確かにわざわざ言いふらす内容でもないだろう?私は別に構わないけどね」

笑いながらそう言ったアフロディーテの言葉なんてもう頭に入って来ない。

畜生、この俺が遅れをとるなんて情けねえ。
なまえのことはそれなりに、いや本心ではかなり気に入っていた。相手がサガだろうと、それなりに悔しい。
だが、なまえが選んだのなら、それは仕方がないことだ。ここは大人しく

「・・・いや、待てよ、略奪愛ってのもありだよなぁ?」
「さすがイタリア男、恋愛に妥協はしないね」
「大人しく引き下がるなんて俺様らしくねえ!それに考えてみろよ、相手がなまえだぜ?“だ、駄目です!私にはサガさんがっ、あ・・・っ”とか最初は言ってるくせに、最終的に俺に落ちるんだ。最高じゃねえか!!・・・って、なんだよ、お前ら。急に畏まりやがって、ようやく俺様の魅力に気づい・・・」

自分に向かって合掌するアフロディーテとシュラに眉が寄ったのが分かる。
一体なんだと軽口をたたいた瞬間、肩を強い力で掴まれた。嫌な予感しかしない。というか良い予感の要素はひとつもない。

珍しく自分に合掌したかと思えば、さっさと逃げ出した悪友二人、そしてここは本来下世話な話ではなく仕事をする執務室。さらに、自分の背後には誰がいた?

恋人が不在で、仕事に狂った、最悪に機嫌の悪い

「サ、サガ・・・!落ちついて、話を」
「デスマスク、お前の女癖の悪さは一度矯正する必要がありそうだな。久しぶりに私と二人で組み手でもしようか」
「い、いや・・・!あっ、Piiiiiiiiii!!!!」




青空の下に悲鳴が響いた。
(なまえ、頼むから早く帰ってきてくれ。本当お願いしますもう無理です助けてくださいお前の恋人は怖いです)

(ふわっ!!)
(どうしました、なまえさん?)
(な、なんかっデスマスクさんが私に敬語を使ったような気がして悪寒が・・・!!あのデスマスクさんが私に敬語とか気持ち悪っ!)







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