医者になりたいと頬を赤くして言った彼に片思いをしてもう何年になるだろうか。



ひまわり畑が用意してくれたハッピーエンド




自転車に乗って走り抜けた先には大好きなひまわりが咲く花畑。大好きな匂い、大好きな風景、もうこの季節も終わるんだね。

『また来年も行こう』と去年の彼が言ってた言葉を思い返してみる。


「もう来年にな…うわ、わ、わ!……い、いててて」


転んだ先は柔らかい土の上。にょろっと私の下から伸びた芽。踏んづけてしまっている小さな芽。


「ご、ごめんね!わ、うそ、どうしよう」


くったりなった芽をどうにかしようとするけど、どうにもならない。ポロポロと溢れ出した涙がどうしようもなく熱い。

彼は、雪くんはもういない。夏休みは帰ってくるって行ってたのに、うそつき。

そりゃ、中学校の卒業式が終わってから『もう会えないかもしれない』って言われてた。
ひまわり畑に一緒に行くって約束はどうなったのって思ったけど、そんなこと雪くんの顔を見ると言えない。高校が違うだけなのに変だよね。
雪くんは高校を卒業してからの話を避けていたように思う。いつも、高校を卒業したら忙しくなるかもって言ってた。


「ごめんね…うう…」


芽を踏んじゃったからもう雪くんに会えない。このことだけでもう頭がいっぱいいっぱい。そして聞こえたのは、


「名前、それは花の芽じゃなくてただの草だよ」


優しい男の子の声。降り注いだ声に反応するのは耳だけじゃない。全身がその声を求めるようにして動いた。


「雪くん…」
「ここ、覚えてくれてたんだ」
「そ、それは、こ、こっちのセリフだよっ。もう会えないのかと思った…」
「うん、でも会えた」


久しぶりに見た雪くんの顔が涙で滲んでいく。


「こっちに帰る用ができて、少しだけでも名前の顔が見たくなって…それで」


会いに来た、と照れたように言うと、雪くんは私の腕を掴んで引っ張ってくれた。


「手紙ありがと」
「読んでくれたんだね。返事こないから、も、もう愛想尽かされちゃったのかと…」
「うん…ごめん」
「雪くん」
「ん?」

「私、もう泣かないから大丈夫だよ」


雪くんは返事を出せない言い訳をしなかった。きっと忙しいんだと思う。だってあの卒業式のあと、もう会えないかもって言ってたもんね。そっと雪くんの胸を押す。そしたら雪くんが私の手首をぎゅっと掴んだ。

顔を上げるとすぐ近くに雪くんの顔があるから、かぁっと顔が熱くなる。


「ゆっ、雪くん?」
「愛想尽かされるのは僕の方だよ。名前を悲しませてばかり」
「それでもいいよ。…それでもいいの」


さぁ、っと風が吹き抜けいく。ひまわりが揺れる音、風の音、すべて今同じものを雪くんと感じてる。これだけで幸せな気持ちになる。

こうして会うのはきっと最後になる。多分、この予感は当たってる。


「もう行かないと」
「そっか、もう…。雪くん、元気でねっ!」
「名前も」


好きだよって言葉を飲み込んだ。だって雪くんがあまりにもいい顔して笑うから、その顔を崩したくなかった。雪くんの背中が見えなくなると止まっていたはずの涙がまた溢れ出す。

好きだよって言えずに終わったはずの恋なのに、今すごく幸せだ。

転げた自転車を起こし、それに乗って私はひまわり畑に手を振った。精一杯の笑顔を向けて。


(ばいばい、私の初恋!)



20110923