物心ついた頃から気がつくと隣にはよく笑う女子がいた。俺がむっちゃ小さいとき、坊の妹かと尋ねると「ううん。お姉ちゃん」と笑って否定をされた記憶が残っている。その女子は坊のイトコで、年齢は金兄のふたつ上。明陀に関わっているせいか、一般人ではない。その女子も祓魔師だ。

明陀の総会で坊と子猫さんがおらへん時、ぼーっと縁側で座っとったら『末っ子総会始めるで』とふにゃっと無邪気な笑みを見せていたその女子は、今では綺麗な笑みを見せるような女性になった。

『末っ子総会』はその女子が俺の退屈な時間を潰してくれる時間やった。ただ、他愛のない会話をするだけの時間。


「れーん、久しぶりやねぇ。わ、頭ピンクになっとる!」
「……げっ」
「あからさまに嫌そうな顔すんな」
「なんや口悪なっとるし」
「そういう廉造はちょっと生意気になった?」


薬指には女の子が好きそうなシルバーのリングが指の太さぴったりにはまっていた。そう言えば柔兄がプロポーズ成功した言うてはったなぁ。ぼんやりとリングを眺めているとそれに気づいたのか「じゅうちゃんがくれはったんよ」と至極嬉しそうな顔をした。そこで「よう似合ってますやん」と愛想笑いを浮かべる俺はなんて嫌なやつなんやろか。

二人が付き合いだしたのはいつからだったか。この人は柔兄のことが好きだなんて一言も言ってなかった。きょうだい全員平等な扱いをしていたはず。どちらかと言えば柔兄の他人に対する接し方がこの人に対して特別だったように思う。柔兄はこの人に対してすこぶる優しい。俺らに対しても優しかったけど、それもどこか違う。


「竜ちゃんと猫ちゃんは?」
「明陀の総会に行きはりました」
「そっかそっか。ほな久々に『末っ子総会』する?」
「……ん」


女子は昔から柔兄を『じゅうちゃん』と呼ぶが、今さら恥ずかしくてちゃんと呼び捨てで名前を呼べないらしい。俺や金兄や他のきょうだいの名前は平気な顔して呼ぶくせにと文句を言うと、弟やからと訳の分からない言い訳をされた。


もう直ぐ本当の姉になる。それが嬉しいのか、そうではないのかいまいち自分の気持ちが分からない。けど、答えなんて別に分からなくていい。めんどくさいから探さない。

こうして2人っきりで静かな場所でいると変な気が沸いてくる。しかも密室やのになんなん。もやもやとした異物が胸を包む。ほんまなんなんやろか。

少しだけ距離を縮めるように横に動くといい香りがした。女の子の匂いや。


「柔兄とはこういうときキスとかするん?」
「は……へっ?」
「キスしたことないし、してみたい」


キスしたことないってのは嘘。

顔を横に向けると直ぐ近くに顔があって、一瞬逸らしそうになったけど平然な顔をして見てやった。見る見るうちに顔を赤らめていき、今までに見たことがないような表情をしている。せやから、してやったりな気になった。


「れ、廉造のくせに生意気」


これまでの顔つきが変わる。しくったかもしれない。少しだけ悲しそうな表情を浮かべて俺の方を見てきた。もう一度「生意気だぞ」と強く言い、やっぱり悲しそうな表情をする。すっと立ち上がったからそのまま部屋を出るのかと思ったら、1メートルくらい離れ、そこに正座をした。

………は?


「何?」
「なんか危険信号が発令した」
「……」
「せやかて廉造は大切な弟やから」
「……」
「このまま関係が壊れるんはイヤ」
「……」
「私がここ出て行ったら終わりやん」
「……」
「廉造は私の大切な弟なんよ」


弟だから拒否はできないと?


「じゅうちゃんのこと世界で一番好きなんやけどな、弟としてだと廉造やねんか。やったね、廉造。これは金くんには内緒な」


そんなん、なんも嬉しいないわ。うまくかわされた。俺なんて恋愛対象にも入ってないと遠回しで言われた。


「廉造がかいらしいてたまらんのよ」


それはまさに"愛情"なのに俺が欲しい愛情やない。この人の"それ"はブラコンに近いもので、元々下のきょうだいがいないこの人にとって年下の俺はその寂しさを補う暇つぶしだったに違いない。そう考えると虚しくなった。


「それは柔兄の弟やから?」
「ん?」
「……好きな人の家族は大切にせなあかんから?」


そうなんやろ、と顔をしかめて言うと笑顔を返された。ごまかしなんてない、そんな表情。


「私って弟とか妹がおらんやろ?せやから、廉造が私に懐いてくれて嬉しかったんよ。きっとその内廉造にもこの気持ち分かると思う」


膝をついて四つん這いになり、こっちに近づいてくると俺の頭をゆっくりと撫でてきた。俺はその手を強く払う。のに、この人はまだ優しい顔で俺を見てきた。


…拒否されたくせにそんな顔すな。


「もっと甘えたらええんに。こんなに構うんは今だけなんやからな」
「……」
「…言うてなかったけど、お腹の中に赤ちゃんがおるんよ。まだほんまに小さいんやけどな」
「……」
「廉造、お兄ちゃんになるんやで」


いつかこういう日が来るんやろうなとは思っていた。そういえば柔兄が身体を気遣っていた気がしないでもない。


「俺、大分年離れとるしその子にとったらおっさんやん。てか、柔兄の子供ってことは俺の甥か姪やからどっちにしろおっさんやん。…おっさんって言われるんがオチやな」
「私がおっさんや言わさんよ」


何でか素直にその言葉が嬉しかった。だからにやけそうになる口元を押さえて、目を泳がす。そんな俺にか、にこっと微笑んだ俺の義姉さんは幸せそうな顔をして俺を見た。


「そのお腹の子が生まれたら遊び相手くらいにはなってもええよ」


そのお腹の中の子をむっちゃかわいがったろやと決心したのは義姉さんの笑う顔がもっと見たいから。ただそれだけ。


末っ子総会

120222