『これやから処女は扱いにくいんや』

私の25歳の誕生日。彼氏と付き合い始めて1年が経つ。公衆の面前の中、げらげら笑いながら大きな声でそう言ってきたバカ男の股間に水をかけてやった。濡れた股間で帰りやがれヤリチンが!とヒステリックに叫んだ私は今まで生きてきた中で一番惨めで、一番かっこよかった気がする。

そもそもあんなバカ男タイプじゃないのに、なんでだろうか。なんで、


「あぁもう、涙が止まらへん」


涙が溢れるんだ。

この涙は結婚式まで取っておこうとしていたのに。ちくしょう。あいつのせいで計画が狂った。まぁ別にあのバカ男とどうこうなろうなんて気は毛頭なかったんだけどね!なんか悔しいじゃん!


「バカ男、浮気してたんやで?普通彼女とのデートの日の前日にヤるか?バカじゃん」
「あいつはバカやで」
「あのバカ男ってば『浮気の一度や二度、目を瞑れ』とか言い出すんやで?浮気許してまであんたとや付き合いたくないっての」


幼なじみである柔造の家に来て、愚痴大会を始める私に慣れたように隣で頬杖をついて眺めるように私の顔を覗く。てか、柔造があのバカ男紹介したんだし!なんでああいういい加減な男を紹介するんだよ。類は友を呼ぶっていうし、柔造もバカ男と同じ部類なのかもしれない。ああいう友達しかいないのかもしれない。


「てか、浮気隠せよ。なんであんな裸体でベッドの上に寝転がってんの?」
「そら、セックスのあとやから」
「バカじゃん!」
「……」
「バカじゃん!」
「聞こえとるから」


柔造からまさかそんな卑猥な言葉が出てくるとは思わなかった。私は繊細なんだからもっとオブラートに包んで言えよ!

急に胸がドキドキしてきて、多分これは動悸なのだと言い聞かせる。


「でも、普通そういうのは好きな人とするもんやろ!バカ男、私のこと好きって言うてはった」
「……」
「好きやから別れんといて欲しいって言うてたもん」
「自分、あいつにかなり我慢させたみたいやんか。好きなやつ抱けへんかったから代わりにちゃう女抱いたんやろ」
「我慢してよ!」
「無茶言うなや。男は理性を抑えられへん生き物なんや」


いつも優しい柔造が苛立っているのが分かった。愚痴大会は私が一方的に話して終わるはずなのに、今日は違った。柔造は自分の友達の酷い言われ様にムカついてるのかもしれない。こっちの気も知らないで。こっちだって初めてなんだから心の準備の時間くらい頂戴よ。そりゃ、ちょっと準備時間が長すぎたかもしれない。それは反省する。けど仕方ないじゃん。バカ男に抱かれる自分を想像しただけで吐き気に襲われたんやもん。


柔造のバカ。


「なぁ」
「……」
「名前」
「……」
「堪忍え」
「……」
「言い過ぎた」


柔造が私の手に触れてきて、私はそれを振り払わずに柔造の目を見た。綺麗な目。


「なんで俺やないん?」


久しぶりに聞いた言葉。

前に聞いたのは確か中学3年生のとき。柔造が女子にモテるから嫉妬して、わざとで私はあなたのことなんて好きじゃありませんアピールをしていた。違う男を好きみたいな言葉を沢山言ってみたりもした。そして、柔造が県外の高校に行ってしまうと聞いたとき、私の恋は終わっていた。

柔造はこれからが始まりだみたいな顔をして、『付き合ってくれへん?』とらしくもなく顔を真っ赤にしてそう言っていた。『傍にいてくれる人やないと無理』って言うと、『ほうか』と柔造はいつもの優しい笑みを浮かべた。私はそれでも付き合いたいって言ってくれたら、好きですと言ってくれたら、素直に自分の気持ちを言えたのに。


「柔造は彼女おるやろ?」
「おらへん」
「え、嘘やん」
「ほんまや。ずっといてへんわ」


坊主ってそんな厳しいの?禁欲?だったら廉造はなんなん?あいつだけ特別とか?

柔造の言う言葉が不思議で仕方なかった。


「嘘やろ?私みたいな奴でもバカ男以外に2人と付き合ったことあるのに」
「は?」
「……」
「あいつ以外にもおんの?」
「おった。過去形な!」
「意味分からん」
「はい?」


本日ずっと不機嫌な柔造は重ねていた手を離すと、そっぽを向く。何その態度、と言ってみるが柔造は何かを考えている様子。暫くすると私の方へ向き直った。


「そいつらとどこまでヤったん?」
「なんで柔造にそんなこと言わなあかんの」
「俺には知る権利がある」
「……」
「明日仕事やのに話聞いたってるんやから俺の質問には答えるべきや」
「明日仕事なんだったら私のことや断ってよ!」
「どうでもいい奴ならそうした」
「……」
「明日朝一で仕事やのに、普通どうでもいい奴と会わへんやろ」
「…私は会うかも」
「お前の意見は聞いてへん。俺の意見が世間一般の答えやから」
「何それ!」


柔造は意外に意地悪だ。


「下心なかったら毎回毎回こんな相談乗らんて」
「へ?」
「期待してはるから」
「何を」
「何をって、ナニを」


にたりと嫌な笑みを浮かべる柔造に、ちょっとだけ身を引いた。冗談っていうなら今の内だから!と思うがそう思い通りに言ってくれない。


「いつまで我慢させるん」
「他の女抱いたらええやんか」
「んなことできるかいな」
「男は理性のなんたらかんたらなんでしょ」
「俺は坊主やから精神力は強いんや」


自慢気に坊主アピールをする柔造。坊主なことに誇りを持っているんだろうなぁ。なんて悠長なことを考えている暇なんてない。

柔造が私にすり寄ってきて、そっと顔を近づけた。キスされるのかと思った。けど、あと数ミリってとこで離れていく。その焦らされる感じが気持ち悪い。


「キスしたいんか?」
「……」
「したいならしたいって言え。そしたらしたる」
「やな言い方」
「どっちなん」


分かってるくせに。


「……キスしたい」
「ええけど、歯止め効かんから。心の準備は?」


柔造ってつくづく嫌な奴だ。表では優しいのに裏では、


「できてる」
「心の準備、えらい早いな」


どこまでも私に意地悪したいらしい。

けど、まだ言われてない。柔造から私のことをどう思っているのかっていう気持ちが。でもどうでもいいや。そう思えるくらいの歳になったのだから。

柔造は、私の後頭部に軽く触れて引き寄せた。



「好きやで」

耳元で甘くそう囁かれ、思わず涙が溢れたのはずっと欲しいと思っていたからかもしれない。

なーんだ、私って結構一途じゃん。


付き合ったことがないらしい柔造とのキスは、何故だか初めてじゃない私が翻弄されるほどのものだった。わざとらしく音を立て、何度も角度を変えてくる柔造。そして、少し開いた口の中にうにゅっと柔造の舌が入ってくる。

唇を離してから柔造の瞳を見てみると、とろんとしていた。


「柔造、初めてちゃうやろ」
「……」
「なぁ、」
「……」
「んっ」


誤魔化すみたいに噛みつくようなキスをしてきた柔造。このあと絶対に白状させてやると私の乙女心が燃えた。


まるで初めてのキス

120107