苦しいのは
「あれ、水沢?」
「内野くん!」

 仕事終わりに本屋に寄ったら、この前同窓会で会ったばかりの内野くんに会った。聞けば内野くんは近くに職場があるらしい。どうして今までタイミングよく会わなかったのだろうと二人して笑った。

「よかったら晩ご飯一緒にどう?」

 今日綾人くんはドラマの撮影で遠くに行っている。突然家に来る可能性はないから、軽い気持ちで了承した。


「まさか水沢が菅野と付き合ってるなんてな」
「うん」
「いつから?」
「中1」
「マジか……全然気付かなかった……」

 内野くんは今まで綾人くんとのことを聞いてきた人みたいに蔑んだ目をしていなかった。だから普通に答えられた。いつも、何でこんな子と、だとか、芸能人だから好きになったんでしょ、だとか、家が隣だからって、だとか、悪意のある本音が透けて見える目にしか出会わなかったから。

「でも菅野冷たいじゃん?高校の頃も何か水沢に特に冷たくて……あ、まさか照れ隠し?」
「さぁ……でも私も色々悩んでたんだ。綾人くんはほんとに私のこと好きなのかなって」
「……」
「今は大丈夫だけどね?でも昔はセフレみたいな扱いされてたし……」

 苦笑いすると、内野くんは険しい顔で私を見ていた。顔、怖いんだけど……。どうしたの?と聞く。彼の口からため息。相手の機嫌が悪そうな時。私はどうしてもオロオロしてしまう。

「あ、あの……」
「水沢」
「え、」
「お前、菅野といて幸せなのか」

 内野くんの質問に固まる。幸せ?幸せって何だっけ。心が暖まること?笑顔でいられること?あれ……言葉が出てこないや……

「俺にはどうしても、そうは見えない」
「っ、あ、」
「水沢は菅野と、本音でぶつかれてる?」

 本音だ。だって私は綾人くんが好きだし、綾人くんと一緒にいたいというのは私の本音。なのに、何で。悲しい思い出ばかり浮かぶ。

「何て、高校の時の失恋を知って不貞腐れてるだけなんだけど」
「え?」
「俺、ずっと水沢のこと好きだったんだ」

 全然知らなかった。……なんて、嘘。本当は気付いてた。でも、私には綾人くんがいたから。ずっと知らないフリをしていた。私はいい子でも健気な子でも何でもない。本当はとってもズルい。

「内野くん、わたし……」
「うん、いい、大丈夫。お前らにはお前らの過ごしてきた時間があるんだもんな」

 私たちはそれから他愛ない話をして、駅前で別れた。内野くんは昔から優しかった。いつだって私の話を、言葉を聞こうとしてくれて。
 どうして私は綾人くんじゃないとダメなんだろう。優しくないし、冷たいし、自分勝手だし、表情も少ないし。なのに、私は知っている。体を重ねる時、気付かないほど自然に私の体を気遣ってくれて。私の話を聞いていないように見えて話したことを全部覚えていてくれる。優しくなんかない。でも、私を大切にしてくれている。ほら、綾人くんのことを思い出すと自然と頬が緩んで……

「……そんなに楽しかったか」
「え」

 突然聞こえた声に驚いて振り向いたら同時に腕をすごい力で掴まれた。痛いと声を上げて顔をしかめる。声も、後ろ姿も、よく知っている。どうしてここに?今日は帰ってこないって……
 近くにあった車の後部座席に押し込まれた。続いて入ってきた綾人くんがドアを閉めたと同時、肩をシートに押し付けられた。

「っ、痛い、綾人くん……」
「俺が帰ってこないと思って油断した?」
「え?」
「俺の知らないところで会ってたんだ。随分楽しそうだったけど」

 時間は人通りも車通りも少ない夜。真っ暗な中、綾人くんの何かに耐えるような低い声だけが聞こえた。

「あ、綾人くん、」
「アイツまだお前のこと狙ってたの。それ知ってて会うなんて危機感ねーな」
「っ、ちが、」
「それとも、……俺より、アイツのこと好きになった?」

 私が何か言う前に口を手で押さえられた。綾人くんの胸を押した手は頭上で一つに纏められ押さえ付けられて。熱い舌が肌を這う度目の端から涙が溢れた。
 どうして何も聞いてくれないの。私が綾人くん以外好きになるわけないのに。何で。
 愛情も感じない、ただ犯すだけ犯されて。終わった後、綾人くんは私のほうを見ようとしなかった。

「……真琴」
「っ!」
「……。お前が別れたいなら、別れてもいい」

 視界が揺れる。それは綾人くんの口から一度も出てきたことのない言葉だった。
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