優しい世界は
 至って順調だ。と、思う。綾人くんは最近私に冷たくしないようすごく気を遣ってくれているらしい。少し冷たい言い方をされた時なんか、私が全く気にしていないのにすぐ謝ってくる。悪い、と。その謝り方がまたぶっきらぼうで可愛いんだけど。
 夜も、とても優しくしてくれる。こんなに幸せでいいのかって思うくらい。私は今幸せだ。


「真琴、こっちこっち」

 お店に入ってすぐ、名前を呼ばれてそっちに目を向けると懐かしい顔ぶれが揃っていた。今日は高校の同窓会。久しぶりに地元に帰ってきたのだ。

「菅野さん」
「違います、結婚してないから」

 高校の時に一番仲の良かったこの子たちにさえ綾人くんとのことは言えなかったから。こうやって綾人くんと付き合っていることをからかわれたりするのは嬉しい。

「水沢さん、久しぶり」

 席に着いてすぐ、あまり話したことのなかった子たちが群がってくる。目的は分かっている。綾人くんだ。

「まさか水沢さんが菅野くんと付き合ってるなんてビックリしたよー。言ってくれたらよかったのに」
「え、あの頃は違うでしょ?最近?菅野くん芸能人だもんねー」
「あー、前は何とも思ってなかったのに急にカッコよく見える、とか?」

 何か、やだ。ちなみに綾人くんとは中1の頃から付き合っている。でも、そんなの関係ない。きっと彼女たちが言いたいのは。

「この前のドラマ、主演してた女優誰だったっけ?」
「あー、菅野くんとすごくお似合いだったよね!」

 私と綾人くんが釣り合っていないということだ。多分嫉妬ややっかみもあるんだろう。親友たちが注意してくれようとするのを制止して笑う。大丈夫。こんなの慣れてるもん。
 それからも私に声を掛けてくるのは綾人くん目当ての人ばかりだった。まぁ、こうなることは予想してたけど。

「そういえば今日菅野くんは?」
「あー、どうだろ、仕事かな……」
「えー、彼女のくせに知らないんだ」

 知らない。そんなの知らない。綾人くんは元々連絡なんかくれないし、メールはくれないし、ラインだってやってるかすら知らないんだもん。でもね、付き合ってるんだ。ちゃんと好きだって言ってくれるんだ。それの何がダメなの?私、綾人くんの彼女なんだから。

「お前らもうやめろよ。水沢、大丈夫か?お前飲みすぎ」

 フォローしてくれたのは、高校の時にクラスのリーダー的存在だった内野くんだった。だって、綾人くんは絶対に来ないもん。分かってるんだから。
 内野くんのおかげでもう綾人くんのことを言ってくる人はいなかった。でも視線は感じる。コソコソ何か言われているのも。私、来なきゃよかったな。

「高校の時全然気付かなかった。菅野お前に冷たいなって思うくらいだったし」

 内野くんの言葉に苦笑いする。周りにも分かるくらい冷たかったんだ。確かにちゃんと付き合ってるって実感できたのは最近だ。最近までずっと、私は不安定な雲の上に立っているような心地だった。やっと綾人くんの気持ちを実感できるようになってきたのに。こんなことでまた不安になる。

「大丈夫なの?キツくない?」

 平気。全然平気。だって綾人くん最近優しいし。……なのに、どうしてこんなに悲しい気持ちなんだろう。

「水沢?」

 内野くんが顔を覗き込んでくる。一瞬溢れた涙を見られて。内野くんが何か言おうとした言葉に、どこからか聞こえてきた黄色い声が重なった。

「……真琴」

 聞こえたのは絶対に今聞こえるはずのない声。顔を上げたらやっぱり、綾人くんがいた。

「……何で泣いてんだよ」

 綾人くんは隣にいた内野くんを睨む。私は必死で彼は関係ない、助けてくれたのだと説明した。綾人くんの顔がどんどん不機嫌になっていくことに気付かないまま、必死で。
 さっき私を責めてきた女の子の一人が綾人くんの腕にそっと触れる。

「菅野くん、飲もうよ」
「……いい、真琴迎えに来ただけだから」

 綾人くんはその手を振り払って、帰るぞ、と私の手を引いた。私は綾人くんに手を引かれるままお店を出た。痛い位の視線を感じながら。

「同窓会とか行くな。どんなことになるか予想できんだろ」
「うん、そうだね、ごめんね」

 私がもっと可愛かったら、もっと強かったら。綾人くんの隣を自信を持って歩けたのかな。10年前に思っていたことを、私はまだ思っている。不安なんか消えない。いつ綾人くんに捨てられるのかってビクビクしてる。私はいつになったら、しっかりと地面を歩けるのだろう。

「……真琴」
「なに?」
「悪い、お前に嫌な思いさせて」

 綾人くんの、せいじゃないのに。止まったはずの涙がまた溢れてくる。私はその涙を見られないように必死で拭って、

「真琴、悪い。それでも別れたくないと思ってしまう」

 ぎゅうっと抱き締められた。綾人くんの不安さえも伝わってくるような、強い力で。こんな時でも周りを気にしてしまう。幸い周りには誰もいなかった。
 綾人くんはいつだって自分に自信があって、思う通りに生きている。私は今までそう思っていた。でもきっと違う。綾人くんには綾人くんの悩みがある。不安がある。それでも私と一緒にいたいと思ってくれたから、きっと私たちの今があるのだろう。

「あや、とくん」
「……なに」
「好きって、言って」

 何回も、何回でも。私が望んだ時に好きって言ってくれなきゃやだ。不安でおかしくなってしまう前に。

「……好きだ。俺にはお前だけだ」

 苦しくて切なくて悲しい。一緒にいるのに、私はいつだってそんな気持ちだった。
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