幸せの色
『会いたいね』
昨日の電話の向こう、きっとふわりと微笑みながら言った真琴に大人気なく悔しくなる。ぜってー会いたいと思ってるの、俺の方が強いって。
仕事で海外に来て2週間。撮影は順調に進んでいる。綺麗な景色やテレビで見たことのある有名な観光地に来る度思うのは真琴のこと。真琴にもこの景色を見せてやりたいな、とか。いつか真琴を連れて来てやれたらいいな、とか。
最近真琴は俺が優しくなったと言うが、俺にはよく分からない。確かに冷たかった、それは認める。だがそれは決して真琴を鬱陶しいと思っていただとか遊んでいたとかそんなことではなく、俺の素が出ていただけのこと。かなりドライで重要なことは言わない、そんな性格なだけ。
真琴に別れを告げられてようやく気付いたのだ。俺自身を好きだと言ってくれていた真琴に安心しきっていて、俺は真琴のことを思いやったことがあっただろうか。恋愛は一方通行同士じゃ上手く行かない。俺だって真琴に支えられてきた分、返さないと。
俺だって昔から、何かいいことがある度真琴と共有したいと思っていたんだから。
「綾人くん、日本帰ったら遊ぼうね」
「すみません、事務所にキツく言われてるんで無理です」
これは本当の話。中学生の頃から一般人の彼女がいるという話はファンの印象が良かったらしく、好感度は上がり、ファン離れも少なかったらしい。だからスキャンダルに気を付けろと散々言われているのだ。彼女が大事ならそれを貫け、と。
もちろんそのつもりだ。俺はそのうち真琴を嫁に貰う。
「あ、おかえり」
ようやく日本に帰ってきて家に入った途端、真琴の笑顔に迎えられる。疲れたのとか共演してた女優のアピールが鬱陶しかったとかそんなことはとりあえず置いといて。
真琴をぎゅううっと抱き締める。
「ヤりたい」
「え゛」
ああ、こういうところも誤解させるのかもしれない。別にセックスがしたくて付き合ってるわけじゃないんだから。
「向こうにいる間、真琴に会いたくて触れたくて仕方なかった」
「うっ、え、綾人くん、どうしたの?突然……」
「突然じゃない。言ったことないだけでずっと思ってた」
真琴は照れているらしい。赤い顔でソワソワしている。
俺からしたら何年も付き合ってんだから大事に決まってるのに。女は言葉にしないと不安になるらしい。なら、何度でも言う。真琴の不安がなくなるくらい。
「好きだ」
泣きそうになった真琴の唇に、味わうように口付けた。
***
「あっ、ん……、あや、とく、」
久しぶりの真琴の中は相変わらず熱くて気持ちいい。はぁ、と熱い息を吐いて体を倒す。抱き締めてコツンと額をくっつけたら、真琴が目を開けた。
「綾人くん、もっと、ぎゅってして……」
「……ん」
真琴の体は温かくて柔らかくていい匂いがする。真琴以外抱いたことないから知らないけど、きっと世界一いい女だ。
「……真琴、こっち向け」
ゆっくりと、真琴の快感を引き出すように腰を打ち付ける。抜く度中が俺のを離すまいと絡み付いてきて、すぐにでもイッてしまいそうだ。ベッドに散らばった柔らかい髪を1束手に取って、口付ける。真琴はそれを蕩けた目で見ていた。
「あや、と、くん」
「ん?」
「わたし、いま、人生で一番、しあわせ」
俺の首に腕を回して、抱き付いてきた真琴を抱き締める。ガキだった俺は真琴の気持ちに、優しさに甘えてばかりで。傷付けることしかできなかったから。これからは俺が追い掛ける。大事にする。
「これからもっと幸せにしてやる」
呼吸が混じり合うくらい近くで真琴の顔を見ながら、二人同時に果てた。
***
「綾人くん」
服を着ようと座っていると、真琴が後ろから抱き付いてきた。こんな風に甘えてくることも今まではなかった。こんなに長く付き合ってきたのに、知らないことがたくさんある。
「真琴」
「なに?」
「明日も仕事だろ。早く寝ろ」
「はーい」
裸のままシーツに眠ってしまった真琴の頭を撫でてやる。俺の隣で無邪気な寝顔を見せてくれるのが、子どもの頃からの密かな楽しみだったんだ。