すきなもの
 色んな方向から視線を感じる。頭に感じる違和感が恥ずかしくて目を瞑る。これは確実に、高杉さんの陰謀だ……!

***

「うわ、すごい衣装!」

 女性の先輩が取り上げた衣装に目を剥いた。何でも今度テレビ局であるイベントにうちの社も参加するらしく、それ用の衣装らしい、のだが。問題は猫耳カチューシャと服にしては小さすぎる生地。うわ、これ着る人可哀想、と他人事のように思っていたら。

「水沢」

 高杉さんがニヤリと笑った。

「お前、これ着ろ」
「わ、わたし……?!」
「そりゃそうだろ。テレビ局に一番縁があるのお前だし」
「わ、私には一つも縁なんてないです!」

 たまたま幼馴染兼彼氏が俳優ってだけで、私はテレビ局に入ったことはもちろん近付いたこともない。

「これ着たお前を見て興奮した彼氏見たくね?」

 ちょ、ちょっと見てみたい、かも……。て、いやいや綾人くんがその日その時間にそのテレビ局にいるほうが奇跡だし、綾人くんがそんなことで興奮するとは思えない。

『何やってんの』

 と、絶対零度の視線を向けられるのがオチだ。

「別に人がいっぱいいるところで着ろって言ってるわけじゃねーぞ?彼氏の前でだけ着たらいいんだよ」

 セクハラだ!パワハラだ!でも綾人くんの反応も見てみたい……。結局私は、誘惑に負けてしまったのだ。彼氏大好きな自分の馬鹿……。

***

 そして私は今、全力で後悔している。高杉さんの馬鹿。詐欺師。
 確かに着たもののたくさんの人の前でこの破廉恥な姿を披露することはなかった。基本的に上にコートを着ていたし。ならなぜわざわざこの格好をさせられたのかは分からないが。
 でもイベントが終わり、「車玄関に回すからちょっと待ってろ」と言われて玄関で待つこと数分。コートで隠れているとはいえ網タイツを履いた脚は見えているし、何より猫耳カチューシャが頭についている。一人で取れないように後頭部まで伸びた紐で変な結び方をしてあるのだ。……高杉さんってもしかしてド変態なのだろうか。

「高杉さん遅いな……」
「高杉さんって?彼氏?」

 突然後ろから声を掛けられて肩がビクンと跳ねる。振り返ったら。

「み……!」

 三木村博也だ……!彼は綾人くんより少し上の世代の俳優さんで、人気実力共に綾人くんの大先輩だ。ほ、本物だ……。

「猫耳なんてつけて何してんの?可愛いね」
「い、イベントで、ちょっと……」
「ふーん」

 伸びてきた手がすりすりと猫耳を撫でる。顔が近い。とんでもなく綺麗な顔には綾人くんで免疫があるものの、やっぱり綾人くんとは違う男の人には緊張する。

「あの……」
「ん?」
「す、少し離れてもらえると嬉しいんですけど……」
「今俺が離れたら、さっきから飢えた獣の目で君のこと見てるおっさんたちが近付いてくると思うけどいい?」

 ハッとする。まさか、そんなこと。さりげなく周りを見渡してみる。すると確かに、こちらをチラチラ見ているおじさんの姿。局の関係者の人だろうけど……。前に一度だけ電車の中で痴漢された時のことを思い出す。その時はおじさんじゃなくて若い男の人だったけれど……、その時の犯人の雰囲気ととても似ていてゾッとした。

「彼氏に早く迎えに来てもらったほうがいいんじゃない?」
「あ、高杉さんは彼氏じゃなくて……」
「迎えに来た」

 否定しようとした私の耳に届いた低い声。あ、本当の彼氏が来た。

「え?!綾人くん?!」

 大きな声が出そうになって慌てて口を押えた。綾人くんは不機嫌そうに私を見下ろして、すぐにテレビの中と同じ笑顔を三木村さんに向けた。

「すみません、面倒かけたみたいで」
「ああ、君の彼女?」
「はい。失礼します」

 綾人くんは私の手を握ってテレビ局の内部に向かって歩き出す。い、いろんな人に見られてるけどいいのかな……。

***

「で、何やってんの」

 人気のない倉庫のような場所に入った綾人くんはやっぱり絶対零度の目で私を見下ろした。

「あ、イベントでちょっと……。綾人くんもこの局にいたなんて偶然だね」

 ヘラッと笑って見せると綾人くんが大きいため息を吐いた。

「仕事終わってマネージャーと帰ろうとしたら真琴がいたから……。三木村さんにナンパなんかされてんじゃねーよ」
「な、ナンパじゃないよ!」
「どうだか」

 吐き捨てるような言い方にムッとする。やっぱり綾人くんが私のこんな格好を見たって動揺するわけもなかったのだ。がっかりしたのとちょっとショックなので泣きそうになる。帰ろ。

「帰るね、私」
「ちょっと待って」

 携帯に高杉さんから連絡が来ているかもしれない。ポケットから携帯を取り出そうとした手を、握られた。

「見せて」
「えっ」

 綾人くんの言葉を頭の中で反芻しているうちにコートのボタンを外される。

「あ、あああ綾人くん……?!」

 あっという間に全部ボタンを外されて、左右に開かれる。綾人くんの視線は容赦なく私の体に注がれた。

「み、見ないで……」
「誰かに見せた?」
「え?」
「この姿、誰かに見せた?」
「み、見せてないよ!ずっとコート着てたし……」

 綾人くんはしばらく私の顔を観察した後、ずりっと胸を隠している服をずらした。

「きゃっ」
「簡単に脱がせられんじゃん。しかも下着なし?」
「し、してるよ?綾人くんが一緒にずらしちゃっただけ……」

 ブラごと服をずり下げられて胸が外気に晒される。こんなところで上半身裸になるなんてもちろん初めての経験なので羞恥心でぶわーっと顔が赤くなる。必死で隠していると、頬を片手で掴まれて無理やり綾人くんのほうを向かされた。

「あや、ん?!」

 ちゅーっと唇に吸い付かれる。一瞬離れた隙に目が合う。綺麗な目の奥に確かに情欲の色を感じて、体温が上がった。それを見透かしたようにまた唇が重なる。舌を絡められながら、綾人くんの指が胸の突起を掠めた。

「んっ」

 くぐもった声が綾人くんの口内に吸い込まれる。こりこりと指先で弄られると、がくんと膝から力が抜けた。

「あ、あや、まって、」
「いや」

 綾人くんが胸に顔を埋める。ぺろっと乳首を舐められて身体が跳ねた。

「ひゃっ、ん、」

 声が出ないように必死で口元に手をやる。その隙にも綾人くんの指がお尻を撫でて、そのまま前に移動する。

「……タイツ邪魔」
「えっ、や、だめだよ、私服持ってないから、」

 必死の抵抗も虚しく、ビリッとタイツが破られる音がした。綾人くんの指が下着の横から直接そこに触れる。

「あっ、あやとく、だめ、」

 くりくりと突起を弄られて力が抜ける。本棚に背中を預けている私の脚元に綾人くんはしゃがみこんだ。

「え、なに、だめ、ひぅ」

 ぺろりと舐められる。お風呂にも入っていないし汗もかいたのに。恥ずかしくてたまらなくて必死で綾人くんの頭を離そうとするも、その手さえ長い指に絡め取られる。心とは裏腹にどんどん高まっていくカラダ。その時だった。床に落ちていたバッグから電話の音が聞こえた。高杉さんだ……!

「あ、綾人くん、電話、上司からだから……」

 綾人くんはとっても不機嫌そうな顔で離れる。安心してバッグから携帯を取り出すと、予想通り高杉さんからだった。

『お前今どこ?!』

 通話ボタンを押すとすぐにそんな声が聞こえた。もしかして探してくれていたのかもしれない。

「あ、ごめんなさい、すぐに……っ」

 戻ります、という言葉は出なかった。後ろからぎゅうっと抱き締められたからだ。まるで、離したくない、というように。

『あー……、もしかして彼氏に会えた?』
「えっ」
『ならいいわ。もし他の男に襲われでもしてたらって心配しただけ。彼氏ならいいわ。お前直帰。存分に可愛がってもらえよ』
「た、高杉さん?!」

 抗議の声も届かないくらい高速で電話を切られた。うう、電話越しの意地悪な声が辛い。ドS変態上司め……

「真琴」
「え、な、なに?」
「帰ろ。こんなとこでしてごめん」

 綾人くんはコートを着せてくれた。身体がすっぽり覆われるロングコートなので、さっき破られたタイツも隠れた。お股はスースーするけど……。
 関係者出入り口から出るとすぐにマネージャーさんの車が止めてあって、そのまま綾人くんの家に送ってもらった。誰にも会わなかったから安心していた、けれど。

「さっきの続き」

 そう言って嬉しそうに笑った綾人くんににゃんにゃん鳴かされたのはまた別のお話。綾人くんの新たな性癖を刺激してしまったようだ……。
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