不意打ち
「お風呂ありが……」
綾人くんの家にお泊まりしに来て、お風呂を借りて。リビングに入った時、私は固まった。何故なら。
「あ、綾人くん、めがね……」
綾人くんは目がいい。今まで眼鏡には縁もなかっただろうし、かけているのは見たことがない。街を歩く時も基本サングラスもなしだ。
「ん?ああ、今度ドラマでずっと眼鏡かけてる役するから違和感ないように」
綾人くんは真面目だし、お仕事好きだし、真摯に役に向き合っている。すごいなぁと思うし、そういうところも芸能界という特殊な世界で生きていける秘訣なんだろうなと思う。
……それは、そうなんだけど。
「なに」
「えっ?」
「なんか挙動不審。座んねーの?」
いつもはすぐに綾人くんの隣に座るのにモジモジしてしまう。何だか知らない人みたいで。ていうか、カッコよすぎて……
「真琴」
「えっ」
「こっち来て」
なかなか動かない私がじれったかったのか、綾人くんがソファーに座ったまま私の手を握る。そして引っ張られた。いつもの距離なのに、緊張する。
「どした?」
「えっ、何が?全然普通だけど」
「どこがだよ」
あ、笑った。見慣れた笑顔。テレビの中でだけど。そういえば番宣で出てたバラエティー、女優さんととても仲が良さそうだったな。少しのことに嫉妬して、不安になって、気持ちが重くなる。面倒な女だって、捨てられたらどうしよう。そういえば、綾人くんと付き合ってからこの不安が消えたことはないような。
「今何考えてる?」
「……」
「真琴」
今、私、呼ばれてる。ぼんやりとしたまま綾人くんを見る。綾人くんも私を見てる。その瞳に滲むのは、少しの焦りと不安。
「まこ、」
「めがね、カッコいいね」
何も考えられなかったから、今頭に浮かんだことをぽんと口に出してしまった。恥ずかしいことを言ってしまった、と慌てる前に。驚いたのは、綾人くんの頬が赤く染まったこと。
「綾人くん……?」
「不意打ちやめろ」
そっぽを向いてしまった綾人くんの背中に寄りかかる。温かくて、いい匂い。大好きだなぁと実感する。
「……綾人くん」
「何だよ」
「綾人くんが飽きるまでは一緒にいさせてね」
その言葉に勢いよく振り向いた綾人くんがぎゅうっと抱き締めてくれた。幸せだなぁと微笑めば。
「そう言ったからには離れようとしたら許さねーからな」
ぶっきらぼうな声でそう言った、綾人くんの背中に手を回したのだった。