全部君のせい
 綾人くんの口から初めて出た「別れる」という言葉。それは容赦なく私の心を抉って、砕いて。私は今まで何を頑張ってきたんだろう。

「オイ、ぼんやりすんな」

 高杉さんが書類で頭をポンと叩く。そうだよ、綾人くんと別れたって私の人生は続く。だから、頑張らないと。

「……水沢?」

 平気。全然、平気……

「水沢!」

 綾人くんに別れるって言われたからって倒れるなんて、馬鹿みたい。

***

「……はい、……はい。大丈夫です、俺がついてますから」

 ぼんやりと浮上した意識。聞こえてきたのは大好きな声。ああ、私夢を見ているのかな。それともこれが、死ぬ前に今までの人生が走馬灯のように駆け巡るっていう、状態?それなら納得できる。私の人生のほとんどは綾人くんだ。

「……真琴」

 誰かと話していた綾人くんは、私のベッドの横に座って私に語り掛けた。目、開けなきゃ。綾人くんがどこかに行っちゃう前に、早く。

「今まで、ごめん。俺、お前のこと傷付けてばっかだった。幸せにしてやれんの、多分俺じゃねぇよな」

 そんなことない。やだ、冷たくても綾人くんがいいの。だから、お願い。

「痛がるお前見て、本気で後悔した。でも止められなかった。誰にも取られたくなかったから」

 痛かった、怖かった、でもね……

「綾人くんじゃなきゃ、やだよ……」

 やっと出た言葉に、俯いていた綾人くんは顔を上げた。綾人くんはいつも、私の前でクールで冷たい綾人くんだった。でも、時々甘くて。そんな綾人くんが、私のせいで心を乱されているのを見せてくれるのが嬉しかったりするんだ。だから。

「別れるなんて、言わないで。私には綾人くんしかいないのに……」
「俺もだよ。俺にも、真琴だけ」
「っ、じゃあ、何で別れるなんて……」
「別れるつもりなんてねーよ。言っただろうが。お前が別れたいなら、って。お前が別れたいのに一緒にいるわけにいかねーし」

 ということは、綾人くんには別れるつもりはなかったってこと?悩んで、泣いて、苦しくて、眠れなかったこの数日は一体……。

「何回別れても、また俺を好きにさせるつもりだから」

 ふわりと抱き締められて、綾人くんはそんな甘い言葉を囁く。きっと綾人くんには甘い言葉を言おうだとかそんなつもりはないのだろう。この人は、私の前で素を見せてくれているだけ。そして少し、言葉が足りないだけ。彼は自分の意思に従って生きている。私と一緒にいてくれるのも、彼の意思なのだ。

「真琴、俺と付き合って」

 きっと綾人くんは、もし別れたとしてもまたこうやって始めるつもりだったのだろう。ふふっと笑ってしまう。綾人くんに別れるって言われたからって倒れちゃう私も相当だけど、忙しいのに病院に来て彼女を口説く綾人くんも相当だ。

「よろしくお願いします」

 辛くても、切なくても、悲しくても、これが私の人生でたった一度の恋なのだ。
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