三度目の恋

「私たちはさ、多分上手くいかないと思うよ」

 お店が終わった後、牧瀬と二人きりになったから少し話した。立花は基本的に私の仕事が終わる時間は深夜だから帰ったらもう寝ている。今は会わないのが楽だ。

「どんなに好きでも上手くいかないことってあるじゃん?多分相性が悪いんだよね。立花の考えてることも全然分からないし。もう大人だし、好きって気持ちだけじゃダメなのは分かるんだ。だからもう……」
「ヨリちゃんはさ、日向に好きだって言った?」

 牧瀬は少し切なそうに微笑んだ。牧瀬は高校の頃から私の相談に乗ってくれたり、応援してくれているから。ごめんね、と謝ったら牧瀬は首を振った。

「……多分、日向はね、自分ばっかり好きだって拗ねてるんだと思うよ」
「え?」
「昔から言ってた。俺ばっかり好きでヨリが本当に俺を好きなのか分からないって」
「……」
「自分には日向しかいないってヨリちゃんが見せてあげたらきっと、上手くいくと思うけどな」

 私には、立花しかいない。そんなのどうやって見せればいいんだろう。

***

「おかえり!」

 お店が休みの日、立花が帰ってくる時に玄関の前で待っていたら立花はドアを開けて固まった。そしてふっと笑って私の頭に手を置く。ただいま、と微笑んでリビングに入ってしまう立花の後ろ姿を見てため息。立花は最近私に触れてこない。セクハラ発言もしない。そもそもあまり喋らない。もうダメなのかなって不安になるけれど、頑張らないと。私は立花と離れたくないんだ。

「今日、一緒に寝る……?」

 恐る恐るそう聞けば、立花は困ったように微笑んだ。無理しなくていいよ、それだけ言って書斎に入っていく立花を見て。私は込み上げてくる涙を必死で堪えた。
 立花の考えていることが分からない。元から分かりにくい立花が最近更に難解になっている。
 次の日、牧瀬に頼まれた買い出しをしながら、うんうんと悩んでいた。休日のデパートは混み合っている。立花は今頃何をしているだろう。家にいるのだろうけれど。まだ寝ているのかな。頭の中が全部立花に染まっていて悔しい。

「パスタとトマトと……ん?」

 人混みの中、見覚えのある姿を見た気がして目を凝らす。次の瞬間、私はカゴを放り投げて走り出していた。

「宏くん……!」
「っ?!依子ちゃん?!」

 しっかりと掴んだ腕。それは三ヶ月前に逃げられた婚約者だった。
 カフェで向かい合った宏くんは申し訳なさそうに身を縮こませている。もう正直責める気もない。ため息を吐いて、口を開いた。

「私の荷物……どこかな」
「依子ちゃんごめん!」

 ガバッと頭を下げた宏くんの声は大きくて。店中の視線が私に集まる。慌てて「顔上げて!」と言っても宏くんはそのままだった。

「依子ちゃんのこと、本気で好きになったんだ!」
「……え」
「だから依子ちゃんに忘れられない人がいるのが辛かった……」

 ……ああ、やっぱり私のせいなんだ。私がこの人を傷付けたんだ。それなのに呑気に立花と穏やかな生活を送っていた自分が情けない。

「荷物は全部、俺の部屋にある。家具も全部。返す。お金も」
「……うん」
「依子ちゃん、今更だけどもう一回やり直したい」

 ……無理だ。だって私はもう立花と再会してしまった。生涯で一番好きだと思える人に。ゆっくりと首を横に振ると、彼はそう、と肩を落とした。

「……ごめんなさい。家具もお金もいらない。荷物だけ欲しい」
「……うん」
「私、好きな人がいるの。ずっとずっと、好きな人。傷付けてごめん」

 宏くんには助けてもらった。たくさん。最低なことをしてしまったから、幸せになってほしい。私じゃない、誰かと。
 私はそのまま宏くんの家に行って荷物を貰った。そして牧瀬に連絡をして一度立花の家に寄った。荷物を置くために。

「何その荷物」
「婚約者に会ったの」

 家に帰ると立花は起きたばかりのようで私が抱えている大荷物を見て目を丸くした。その荷物を寝室に運んでいると、立花がついてきたのが分かった。

「どこで会ったの」
「デパート。ま、ちゃんと話せてよかった」
「……やり直すの」
「はぁ?そんなわけないじゃん」

 腕を引かれて、気付いた時にはベッドに押し倒されていた。覆い被さり私を見下ろす立花は真剣な顔で、とんでもない色気を放っていて。ど、どうしたんだろう。

「……ヨリ、好きだよ」
「え?」
「俺明日からいないから。じゃあね」

 え、いない?いないってどういうこと……?
 ベッドから離れた立花を慌てて追いかける。立花は私を見ない。もう、意味わかんない……

「ど、どこ行くの?」
「……遠く」
「な、なんで?」
「仕事。ここ住んでていいよ。俺は帰ってこないけど」
「っ、意味わかんない……!」
「……もう会えないってこと」

 なんで?明日からって、なんでそんな急なの?もう会えないって……

「……いや」
「え?」
「立花じゃなきゃいや!そばにいてくれないといや!なんでそんなこと簡単に言うの?!もう離さないって言ったじゃん!立花は結局私のことなんて好きじゃなかったんだね!」
「……ヨリ、あの、」
「もういい!勝手にどこでも行けば?!一生ネチネチ想ってやるんだから!あんたは金髪のねーちゃんでも捕まえな!ババアになっても一生好きでいてやるんだからね!」
「ヨリ、」
「仕事行ってくる!さようなら!」

 何か言おうとしている立花の手を振り切って家を出た。もう、立花なんて知らない!

***

「ほんと最低……!もう一生立花のこと好きでいてやる……!一生片想いでいてやる……!」
「ヨリちゃん、落ち着いて」

 またまた仕事終わり、二人になったお店で牧瀬は私の泣き言を聞いてくれた。
 どうして急にどこか行くなんて言い出したんだろう。仕事でなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったんだろう。最近様子がおかしかったのは私と離れるつもりだったからなんだ?なら何で好きだなんて……!

「……抱いてあげるからそんなに泣かないでよ」
「っ、牧瀬何言って……って、はぁ?!」

 牧瀬だと思っていたのに、何故か後ろに立っていたのは立花だった。そうやって突然現れるの本当にやめて……?!

「……ヨリ、俺と離れるの嫌なの」
「牧瀬は?!」
「ねぇヨリ、俺のことそんなに好きなの」
「っ、何でそんなニヤニヤしてるの?!」
「ヨリが愛しくて仕方ないからだよ」

 立花の両手が頬を包み込む。立花はまっすぐに私を見ていた。とても甘い瞳で。
 久しぶりにしっかり目が合った気がする。それがこんなに幸せだなんて。牧瀬はどこへ行ったんだろう。きっと空気を読んでどこかに行ったんだろうな。

「俺さ、ずっと片想いな気がしてた。高校の時も、再会してからも」
「……」
「ヨリ、もう逃げないで?そんなに俺のことが好き?ずっと一緒にいたい?」

 ちゅ、ちゅ、と顔中に落とされるキスは甘くて胸焼けがしそう。立花の長い指が涙を拭った。

「俺のこと好きな子のこと気にしてみたり、俺の知らないところで勝手に婚約者に会ったり」
「っ、それはたまたま……!」
「家行ったんでしょ?ほんと危機感ないよね」

 反論しようとした私の唇を身勝手に塞いで、何も言えなくする。本当にズルい男。……でも。

「っ、好き」
「……ヨリ」
「離れたくない、離さないで、私も連れてって」
「……」
「素直になるから。立花しかいらないから。だから……」
「……ん。ヨリの全部、俺のものね」

 どちらからともなく唇を重ねた。腰を抱かれて、私は立花の首に手を回す。距離が0になるほど、キツく抱き合って。甘い吐息に溺れた。

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