日向のそれから

「立花さん、大丈夫ですか」

 ハッとして顔を上げると三崎が俺を見ていた。心配そうでもなく、だからと言ってどうでもよさそうでもない。何を考えているのか分からないと俺も言われるけど、三崎も相当だと思う。

「うん、ちょっと失恋しちゃっただけー」

 俺は何回、同じことをするんだろう。
 昔から寧々は不安定で、まぁ文也に浮気されてばかりだから仕方ないのだろうけど、幼馴染だし放っておけなかった。文也と付き合う前に告白してきた寧々を振ってしまった時のことを思い出して。寧々が泣いている時にそばにいるのは罪悪感からだった。それがいいことではないと分かっていても、俺は寧々が泣きながら電話してきた時どうしても怖くなってしまうんだ。
 ヨリが目にいっぱい涙を溜めていた。高校生の時も、昨日も。行ったら離れてしまう、そう分かっていたのに。離れないでと、そう願っていたのに。
 ヨリが「行ったら死んじゃうから」なんて言ってくれるようなズルい子だったら少しは救われたかもしれない。でも俺は、いつだって自分じゃなく他の人の気持ちを優先してしまうヨリだからこそ、好きになったんだ。
 ヨリは電話に出てくれなかった。メールも返してくれなかった。もう会うつもりもないんだろうなとすぐに分かった。でも諦められなかった。

「ヨリの考えていることが分からない」

 高校生の時、俺はヨリのせいにして逃げた。ヨリが俺の気持ちを優先してくれていることに気付きながら、寧々のところに行ってと言われる度に内心焦っていた。そばにいてって言ってほしい。行かないでって言ってほしい。ヨリは本当に俺のことが好き?俺は俺なりにヨリを大事にしてるつもりだったのに、どうして他の女のところに行けなんて言うの?自分が勝手なことをしていたのに、自分のことばかり考えて勝手に不安になっていた。
 ヨリにもう一度出会えた時、今度こそ素直になろうと思った。一度ヨリを手放した後悔を、もう二度としないように。
 何度もヨリに好きだと伝えた。ヨリに触れたいと伝えた。でも結局俺はまた同じことをした。

「立花さんって、後悔とかしない人だと思ってました」
「え?」
「何でも思い通りになるでしょう。頭もいいし」
「……」
「そんな立花さんを後悔させるなんて、早坂さんだけですね」
「……そうだね」

 そう、俺にとってヨリは特別な人だ。 高校で会った時、神様がくれた最後のチャンスだと思った。逃げないで、俺も逃げないから。
 ヨリに手が届く。でも握った手は冷たくて、ヨリは俺を見なかった。心が冷えていく。俺はヨリをこんなにも傷付けたのか。

「立花に幸せになってほしい、それだけだよ」

 幸せ。今まで考えたこともなかった。強い気持ちを持ったこともなかった。こうしたいと思ったことは大抵俺の思い通りになった。強く願わなくても。
 でも俺は今強く願っている。ヨリにそばにいてほしいと。
 でも、解放してあげないと、とも思っている。俺じゃなければヨリはこんなにも傷付くことはないのだろう。

「好き、誰よりも」
 
 そう言って笑ったヨリは綺麗で。ヨリの幸せはきっと、俺のそばにはないのだ。傷付けることしかできない俺のそばには。
 前をしっかりと見て歩いて行くヨリの背中を目に焼き付けた。俺の特別な人は、また俺の手をすり抜けて去って行った。

***

「寧々、平気?」
「……うん」

 一週間ぶりに会った寧々はまた少し痩せたようだった。カフェから街を見下ろしながら、寧々はぼんやりとしている。文也と別れて、やっぱり落ち込んで。どうしようもなく寂しいのだろう。

「日向、ごめんね」
「ん?」
「私日向に甘えすぎだね」
「……。いいよ。元はと言えば俺のせいだし。俺がしっかり寧々を振らなかったから」
「ふふ。そんな昔のこともう忘れちゃったよ」

 寧々も前に進んでいる。俺を好きだと言った寧々はもう過去の話。文也と向き合って、文也を本気で好きになって。文也と寧々を見ていると、まるで命を削るような恋だと思った。

「私、前向くよ。もう文也のことは振り返らない。今までごめんね。日向、ヨリちゃんと上手くいくといいね。今までいっぱい邪魔しちゃってごめん」
「……うん。もしいつかもう一度会えたら、絶対に離さないって思ってる」

 ヨリの幸せは俺のそばにはない。俺はヨリを傷付けるしかできない。それでもやっぱり、そばにいてほしいと強く思うのはヨリだけなんだ。勝手かもしれないけど。

「……俺は絶対に、ヨリを幸せにしたい」

 それは決意でもあり、覚悟でもあり。揺るぎない、俺を強くしてくれるものだった。

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