ふたつの気持ち
「彩香ちゃんって彼氏いるの?」

 お昼休み、突然の友達の言葉に口に入る寸前だった唐揚げがポトリとお皿に落ちた。

「え、な、なんで?!」
「何となく。彩香ちゃんってあまり自分の話してくれないから」

 少し寂しそうに俯いた彼女に言葉を失くす。一緒にご飯を食べていた他の二人も頷いた。

「ご、ごめん、自分の話するの得意じゃなくて……」

 高校生の頃、私には友達がいなかった。女子の会話の八割である悪口や恋バナに興味がなかったし、誰かに本音をさらけ出すのが嫌だった。信じて裏切られるのが嫌だったからだ。
 そんな私を変えてくれたのが先生で、誰かを信用したり、誰かと強く一緒にいたいと思ったり、些細なことでも話したいと思った。そのおかげで今は山下や山下のファンだった女子たち、大島くん、そして大学で出会ったこの三人も友達にカウントしても怒られない関係になれたと思う。
 できるなら先生のことを話したい。昨日先生のお家に行ったこと、先生とどんな話をしたか、そして先生がどんなにカッコよくて優しい彼氏か。前は大嫌いだった恋バナを話す自分を想像すると少し気味が悪いけれど、話したいという気持ちはすごくあるのだ。
 でも、相手はついこの前まで先生だった人。自分も未だに先生と呼ぶ癖が抜けない。引かれたらどうしよう。自分じゃなくて先生が。そう思うと怖くなった。

「そうだよね。無理に聞くものでもないしね」

 三人はそう言って微笑んでくれたけれど、胸のモヤモヤは取れなかった。



『彩は俺が彼氏だと恥ずかしいの』

 その日の夜、電話をくれた先生にそのことを相談するとそんな言葉が拗ねたような口調で返ってきた。三十路一歩手前にしてこの可愛さ。先生に見られていないのをいいことに枕に顔を埋めて存分にニヤニヤした。

「そんなんじゃない。先生がどう見られるかが怖いの」
『ああ、生徒に手を出したロリコン変態野郎って?』

 言葉はキツすぎるけれどまあそんなところである。無言の私に『いやロリコンじゃねーし』とセルフ突っ込みをする先生の声が耳に届いた。

『お前が気にするなら隠してれば?』

 冷たい言葉に心臓が冷える。もしかして私は先生にとても失礼なことをしているのではないか。人には言えない彼氏だって、本人に宣言しているようなもの?

『あ、突き放してるわけじゃなくて』

 マイナス思考に陥っていた私に先生の優しい言葉が掛かる。ハッと現実に引き戻された私は早くなった呼吸を一生懸命整えた。

『好き同士でも犯罪だとか疚しいことしてるわけじゃねーよ?でも、俺らの関係を何つーか、いやらしい関係に考える奴もいるのも分かってる。ほんとは卒業する前から付き合ってたんじゃねーのって思う奴もいるって』

 あの、切なかった高校時代を思い出す。諦めなきゃ、絶対に叶わない恋だから、と消えるはずのない想いを必死で消そうとしていた。あの切なくて苦しくて、でも今となっては大切な時間をそんな風に思われるのは嫌だ。

『だから嫌なら隠してればいい。ただ』
「ただ?」
『彩が友達になりたいと思った子たちが、そんな風に思うとは思わねーけど』
「……っ」

 私の友達を無条件に信頼してくれる先生に、つまり私を信頼してくれる先生に、胸が熱くなる。私はまた一人でウジウジ悩んでいた。私の周りには優しい人ばかりなのに。先生も、友達も。一番大切なことを、忘れていた。

「先生、お願いがある」
『ん?』
「私の友達に会ってくれる?」

 電話の向こうで先生が優しく微笑むのが分かった。

***

「わ、私の、彼氏です」
「どうもー、いつも彩がお世話になってます」

 夜、元々友人たちとご飯に行く約束をしていた日、先生の仕事が終わってから先生が来てくれた。彼氏を紹介したい、そう言ったら友人たちはとても嬉しそうに先生が来ることを了承してくれた。

「い、イケメン……!」
「ひゃあー、すっごいイケメン!」
「でしょでしょ?君たち見る目あるね」

 先生が大人なこと、年が離れていること、絶対に聞かれると思ったから拍子抜けした。先生は元々人懐こくて社交的だから、すぐに3人と仲良くなる。

「どこで出会ったの?」

 やっぱり聞かれるか。びく、と体を揺らしてしまった私の背中に先生が触れる。でもここで逃げたくない。先生も、友達も。失いたくない大切な人。

「高校、の、先生だったの」

 ギュッとスカートを握った。怖い、反応が。もし引かれたら……

「こんなイケメンの先生いたの?!」
「めっちゃ羨ましいんだけど!そりゃ好きになるわ」
「学校行くの楽しくなるー!」

 盛り上がる友人たちにポカンと口を開けてしまう。全然、気にしてないみたいだ……。

「彩香ちゃん」
「は、はい」
「話してくれてありがとう」

 優しく微笑む3人に、もう涙は止まることを知らなかった。


「ねえ、先生」
「ん?」
「今日はありがとう」

 3人と別れた後、家まで送ってくれた先生にお礼を言った。先生はとっても優しい顔で笑って、頭を撫でてくれた。

「いや。こっちこそ、ありがとな」

 安堵と、幸せ。ふたつの気持ちが胸の中に溢れている。

「大好きだよ」

 思わず口にした言葉に、先生は「なっ、おま、はっ?!」と顔を真っ赤にして動揺していた。
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