懐かしい場所
 春休みも終わりに近付いた頃、元山下ファンの子たちに「一緒に高校に遊びに行こう」と誘われた。先生とはほぼ毎日のように会っているけれど、それでもやっぱり高校にいる先生に会うのは何だか懐かしい感じがして。私はすぐに行く、とメールを返した。
 3月いっぱいは卒業しているものの、制服じゃないと高校に入れないということで制服に腕を通した。もうこの制服を着ることはないのだと思うと少し寂しい。高校の近くのコンビニで待ち合わせをして、私たちは高校に向かった。

「彩香ちゃん、山下くんと付き合い出した?」

 やっぱり話題は恋愛に行く。ちなみに山下とは卒業してから連絡も取っていなければもちろん会ってもいない。

「付き合ってないよ」

 そう返すと、彼女たちは目を見合わせた。

「そうなの?綺麗になったから彼氏できたのかと思った」

 き、綺麗になった?顔がかーっと熱くなる。お世辞、だよね?でも、先生のおかげかなと思うと、少し嬉しい。
 高校に入ると、一ヶ月も経っていないのに色々な先生に歓迎された。もう当たり前のようにここに来れなくなるんだな。
 自販機のある中庭に行って休憩しようと向かっていると、前から先生が歩いてくるのが見えた。恋人同士になって高校で会うのはもちろん初めてだから、何だか気恥ずかしい。先生は私に気付くと、一瞬驚いた顔をしたけれどすぐに無表情に戻った。

「あ、一条先生だ!」

 彼女たちの声が1トーン上がるのは、やっぱり先生がかっこいいからだろうか。缶コーヒーを持っている先生の腕を無理やり引いて、彼女たちはベンチに向かった。

「何やってんのお前ら。コスプレ?」
「違うよー!3月いっぱいは制服なの」
「ふーん。俺忙しいんだけど」
「ちょっとだけ喋ろうよ!ね!」

 両腕を引かれる先生は一瞬私を振り返って、すぐに前を向いた。先生の後ろ姿、最近は見なかったから。やっぱりこうして歩いていると遠い人って気がしてしまう。
 全員分のジュースを奢らされた先生は、不機嫌そうに「だから女は嫌なんだ」と吐き捨てた。先生は元々そういうキャラだからみんな笑ってるけど、なかなかの問題発言だと思う。
 テーブルがセットになったベンチにみんなそれぞれ座り、私は先生から一番遠いところに座った。先生の両隣はもちろん争奪戦になっていたけれど、私はそこに参加しなかった。

「先生、来年もここにいるの?」
「まーな」
「え、来年は担任?」
「そういうの言っちゃダメなんだよ」
「えー、先生って意外と真面目」
「どっからどう見ても真面目だわ」

 えー!!と笑う周りの女の子を見ながら、思う。先生はものすごく真面目なんだよ。二十歳になるまで手出さないって決めてるぐらいだし。

「あ、そういえば彩香ちゃん、先生と同じ大学なんだよ!」
「知ってる」

 すごいよね、と盛り上がっていたみんなが、先生の一言で静まり返る。どうして知ってるの?と。一瞬ヒヤッとしたけれど、先生は当然のように返した。

「合格発表の結果報告に来てた時に会ったし。あんだけ数学見てやったんだから俺に報告すんのは当たり前だろ」

 ニヤッと意地悪な顔で笑った先生に、最近は慣れたとはいえやっぱり恥ずかしい。だからありがとうって言ったじゃん、小さい声で口を尖らせて言えば、みんなの興味は他に移った。

「そういえば先生、彼女といつ結婚するの?」
「あ?」

 ……そうか。みんなの中で、先生はあの彼女と付き合っていることになってるんだ。別れたとか、今は私と付き合ってるとか、当然知らないから。でも、やっぱり少し胸が痛い。先生が誤魔化すのも、聞きたくない。でもここで逃げ出すなんて怪しいこと出来ないし、ギュッとスカートを掴んだ。

「……いや、その予定はまだねぇな」
「え、そうなの?彼女年上なんでしょ?早く結婚しないと逃げられるよ」
「あ、それ別れた。今の彼女は年下だし、ま、大学卒業するまでは待つかな」

 ……普通に言った。先生、普通に言った。えー!!と甲高い声が上がる。私は顔を赤くしないように必死で、しかもさっきの言い方だと私が大学卒業したら結婚する、みたいな……?

「大学生なの?犯罪じゃん!」
「犯罪じゃねーわ、失礼なこと言うな」
「ロリコン?」
「俺まだ28だから!ギリギリ10離れてないから!その言い方やめろ!」
「私らと年変わらないってこと?うわー、先生変態っぽいから制服プレイとかしそう」
「ふざけんな。俺は至ってノーマルだ。つーか、制服に興奮するとか教師としてアウトだろ」

 何だか色々なところで爆弾発言が飛び出している気がする……。女の子と話す下ネタに耐性のない私は、顔を真っ赤にして俯くしかない。Cafe fleurでバイトを始めてから、翔さんとすずさんを見たりメグさんと滝沢さんの口から当たり前のように飛び出す下ネタのせいで慣れてきたけど……。

「先生ノーマルなんだ、変なプレイとかしないの?」
「……つーかさ、何でお前らにそんなプライベートな性癖暴露しなきゃいけないの?」

 不機嫌そうに顔をしかめた先生に、みんなが笑う。先生が人気があるのは顔だけじゃない、話してて楽しいからだ。男子とも普通に下ネタ話したりしてたみたいだし。今更、先生がどうして私を好きになってくれたのか分からなくなる。やっぱり遠い人に感じるな……。

「でもね、先生!彼女が制服着てたらドキッとしない?」

 ……今正に着てるけどね……。先生は一瞬止まって、顎に手をやる。そして。

「……うん、なかなか悪くねーかも」

 そう言った。ドキンと心臓が跳ねる。

「先生変態ー!」
「うるせー、間違ってもお前らにはドキドキしねーから安心しろ」
「ひど!」

 そんな会話が、右から左に流れていった。

「そろそろ仕事に戻るわ」

 先生がそう言って立ち上がると、「えー!」と声が上がる。でも流石に忙しいのか、先生は苦笑いして去って行った。

「先生の彼女ってどんな人だろうね」
「やっぱり先生ってモテるんだなー」

 そんな会話を聞いていると、携帯が震えた。開くと先生からのメッセージで。

『その制服置いとけよ』

 と書いてあった。だから、

『変態』

 と返してやった。

『好きな女の制服に興奮すんのは男の性なの』

 と返ってきていたメールを見たのは家に帰ってからで。みんなの前で開かなくてよかった、と安心したのだった。
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