甘い時間
 忙しい先生とゆっくりできる時間は貴重だ。先生は今眼鏡をかけてソファーに座り本を読んでいる、のだけれど。

「ねぇ、先生」
「んー」
「私さ、古本屋さんでバイト始めたって言ったじゃない?」
「んー」
「三木あかりさんって知ってる?」

 あ、先生が顔を上げた。今まで何話しかけても本に夢中だったくせに。むっと頬を膨らませたら手でむにっと摘まれた。痛い……ことはないけど、何だか悔しい。

「知ってる。前の学校で一緒だった」
「知ってますー。大島くんに聞いたもん」
「で、三木さんが何?」
「気になるの?好きだったの?」

 先生が小さくため息を吐く。本当は知ってるもん。
 三木あかりさん。私は会ったことがないけれど、三木書店のおじさんの姪らしい。そして大島くんの高校で先生をしている、つまり、悠介先生にとっては元同僚に当たる人。
 大島くんが言っていた。三木さんが先生を好きだったこと。そして、先生は彼女がいるからと断っていたこと。意地悪な聞き方をしてしまったのは、先生が少しでも気にしていたらどうしようっていう、私の幼稚な不安からだ。

「三木さん元気だった?」
「……会ったことないもん」

 先生はまた本に視線を戻した。ねぇ、そろそろ。こっち向いてよ。

「三木さん、大島くんと付き合ってるんだって」
「ふーん。やっぱりな」
「えっ、知ってたの?」
「大島の気持ちは何となく」

 え、でもこの前私のこと渡さない、とか、その……ゴニョゴニョ……ちょっと自分で言うの恥ずかしいけど……言ってたよね?

「俺も嫉妬くらいすんだよ。会ったこともない相手に嫉妬するお前と同じようになー」
「えっ」

 ニヤリと笑う先生と目が合った瞬間。腕を掴まれ引き上げられた。うわ、と色気のない声を出した私はいつの間にか先生の膝の上に座っていて。知らない内に本を置いて眼鏡も取っていた先生の手は後頭部に回っていた。

「ん、」

 先生ってほんと強引なんだから。唇が重なって、後頭部の手は頭を押さえている。ぬるりと舌が口の中に入ってきて、何も考えられなくなる。いつも私ばっかり翻弄されて、悔しい。

「彩香」
「っ、なに」
「俺が気にすんのも好きなのも触れたいと思うのもお前だけだからウジウジすんな」
「先生……」
「ま、ウジウジしてる彩も可愛いけどなー」

 ちゅ、ちゅ、と先生は微笑みながら何度もキスをくれた。二人の甘い時間はまだ、始まったばかり。
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