不安を消す方法
「な、なに?」
「べっつにー」

 さっきからこのやりとりの繰り返し。大学の図書館で勉強していたら、突然大島くんが目の前に座って私のことを見つめ出した。何をするでもなく、ただ。

「居心地悪いんだけど」
「気にしないで勉強に集中してください」

 無理に決まってる……。何か言いたいことあるなら早く言って欲しい。きっと先生とのことだろうけれど。この前遭遇してから、私は正直ビビっていた。言い触らすつもりはないと大島くんは言っていたけれど、何かの拍子で言ってしまったら。先生がちゃんと説明してくれたとはいえ、私がまだ未成年なのは事実で。先生に迷惑をかけることだけはしたくない。

「あの、さ」
「なにー?」
「この前のこと」

 それだけで分かるはずだ。証拠に、大島くんは何のことかなんて質問はしなかった。私が言いたいこと、分かってる。

「言わないで。お願い。先生に迷惑かけたくないの」

 大島くんとは大学で出会って、たった2ヶ月やそこらの付き合いだからどんな人なのか知らない。信頼できる人なのか、それとも信頼しちゃいけない人なのか。

「……お前、全然覚悟できてねーんだな」
「え?」
「いや、別に。ちょっとお願いがあんだけど」

 大島くんが突然立ち上がる。そして少し行ったところで私を振り返った。ついてこいということらしい。自由というか、マイペースというか、強引というか。私勉強途中なんだけど。そう思いながらも急いで荷物を片付けて、大島くんの後を追った。
 大島くんの目的地は大学の近くではなく家の近くだった。大島くんの家と私の家は案外近くて、今まで小学校や中学校で同じにならなかったの不思議だねと言ったらずっと私立だったからと言われた。ボンボンか、ボンボンなのか。
 高校から公立になったらしいけど、大島くんの出身校は県内一の進学校だった。先生が前にいた高校、どんなところだったんだろう。私はどうしても大島くんのことよりそっちに興味が行ってしまって、それに気付いたらしい大島くんに頭を鷲掴みにされた。先生とは違う意味で意地悪だ。
 大島くんはCafe fleurへ行く時に通るような細い路地をスタスタ歩いた。いつも先生と一緒に歩く時、全然息が上がらないのは先生が私に気を遣ってくれているのだと気付く。男の人って、歩くのが速い。
 そして突然立ち止まった。ぶっと硬い背中にぶつかる。痛いと鼻を押さえていたら、冷たい目で見下ろされた。何やってんの鈍臭いなと心の声が聞こえた気がした。大島くんのせいだもん。
 大島くんはそんな私を無視して目の前のお店に入った。古いお店のドアには「三木書店」と書いてあった。本屋さんか。続いてお店に入ると、古い本と木と紙の匂いがした。途端に何故か懐かしい気持ちになって、嬉しくなる。細い路地の中、見た目も古いお店なのにお客さんがたくさんいたことに驚いた。

「おじさん」
「おー、友介くん。こんにちは」
「これ、バイト」

 大島くんが私の背中を押す。え、バイト?意味が分からなくてそのおじさんと大島くんを交互に見ていたら、おじさんが微笑んだ。短い白髪、丸い眼鏡、その奥の優しそうな瞳。柔和な雰囲気のその方は、本の棚を見ながらどこかへ行ってしまった大島くんを見送ってまた私を見た。

「友介くんのことだから何も説明しなかったんだろう」
「はい……」
「ご覧の通り、古い店だけどお客さんが多くてね、バイトに来てくれる子を紹介してほしいと頼んでいたんだ」

 それならそう言ってください……。そう言えば「お願いがある」と言っていた気はするけれど……。
 ただ、本はとても好きだしこのお店の雰囲気も素敵。Cafe fleurは夜だけだし平日の空いている時間とか土日のお昼に来ようかな。あ、でも先生と会う時間が少なくなっちゃう。

「いつでも空いてる時間に来てくれたらいいから」

 おじさんは私の思考を読んだようにそう言って微笑んだ。

***

「へー、いいんじゃねーの」

 その日の夜、Cafe fleurのバイト終わりに送ってくれる先生に相談したら軽く言われた。会う時間少なくなるのにいいのかな。私の少し前を歩く先生はいつだって大人だ。

「先生は、さ」
「んー?」
「会いたくてたまらなくなることって、ない?会いたいなって胸がきゅーってなって、顔が見たくて仕方ないの」
「何、今日は随分可愛いこと言うな」

 先生が振り向いた。それだけですごく嬉しい。一歩近付いて、先生に抱き付いた。先生の匂いも全部好き。ちょっと煙草臭いけど、それも全部。
 先生の手が背中に回る。右手は私を宥めるみたいに、頭をポンポンして。ああ、悔しいくらいに落ち着く。

「彩香」
「なに?」
「俺も、思うよ。いつも思ってる」

 ぎゅーっと胸が苦しくなる。嬉しくて、切なくて。前と比べたら、こうやって二人きりで話したり抱き合ったりするだけですごい進歩なんだ。前は触れたくても触れられなかったんだから。

「先生、大好き」
「……ん」

 先生は私の額に一つキスを落として離れる。でももう寂しくなかった。だって手を繋いでくれたから。嬉しくなって先生にくっつく。先生は歩きにくいだとか文句を言っていたけれど、振り払ったりはしなかった。
 こうやって、一つずつ怖いことや不安なこと、消していけたらいい。
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