告白と返事
『今仕事終わったよ』
「お疲れ様です、今日も大好きです」
『知ってる(笑)』
何ですかこのやりとり。恋人同士みたいじゃないですか。
武さんに連絡先を教えてもらって1ヶ月。私は毎日毎日しつこくメールをしていた。武さんからは返ってこないこともある。でも返ってくることもある。まだまだ好きにはなってもらえていないと思う、それでも私にとっては大進歩だ。
今日何をしたとか、目にした綺麗なもの、楽しかったこと、全部メールで送り付けている。武さんが言っていた『面倒なこと』をやっている自覚はあるけれど、少しでも武さんと同じ時間を共有したくて。朝に電車で会った時、それ昨日メールで見たよなんて言われるから、ちゃんと読んではくれているのだと思う。
でもメールだけじゃ足りない、そう思い始めたのも事実で。今、武さんは何をしているのだろう。会いたい。声が聞きたい。勇気を振り絞って、電話をしてみた。ワンコール、ツーコール。耳元で音が鳴る度心臓がうるさくなる。でも、武さんは出なかった。迷惑だったかな。調子に乗って電話なんかしてくんな。そう思われたかもしれない。少し手が震えている。はぁ、とため息を吐いた時。ブー、ブー、と携帯が鳴った。ディスプレイに映るのは武さんの名前。私は慌てて通話ボタンを押した。
「も、もしもし」
『電話した?今電車降りたとこなんだ』
電車、か。だから電話に出なかったんだ。そっか。単純だと自分でも思うけど、それだけで気分が浮上していく。電話越しに聞く武さんの声はいつもより少し低くて。心臓がドキンドキンと高鳴る。ああ……
「会いたい……」
『え?』
っ、い、今私声に出してた?!武さんは何も言わなくて。音のない時間が痛くて、でもドキドキは止まらなくて。お願い……
『いいよ』
「えっ」
『今駅にいるから来れる?』
「い、いいい行きますすぐ行きます!」
何着よう!早く行かないと武さん帰っちゃう!でも化粧もしなきゃ!ああああああ
***
「早いね」
駅前に立っている武さんは信じられないくらいカッコよかった。いつも駅で会ってるしスーツも変わらないんだけど、時間が違うだけで感覚も違う!
武さんはそっと私に手を伸ばした。て、手繋ぐってこと……?
「髪、すっげーボサボサ」
「ええっ」
は、走ってきたからだ!せっかく化粧も髪型も超特急で頑張ったのに……!しょげる私と笑う武さん。対照的だけど、でも。
「会えて嬉しいです」
やっぱりこうやって武さんのそばにいられるのは、嬉しくて嬉しくてたまらない。武さんは一瞬固まって私を見ていたけれど、すぐに背を向けた。とりあえず晩飯でも食べますか、と歩き出す武さんの大きな背中を、私は幸せな気持ちで追いかけた。
武さんが連れて来てくれたのは普通の居酒屋さんだった。よく連れと来るんだなんて言っていた。こうやって武さんのことを知れるのは嬉しい。私と武さんの接点なんて朝の電車しかなくて、それ以外の武さんのこと全然知らないから。私のこともいっぱい知ってほしい。そうやって、お互いのこと知っていけたらな……
「あー、楽しいです武さぁん」
「はいはい飲み過ぎ」
「だって嬉しくてぇ」
「あれ、つーか君成人してる?」
「……えへ」
「えへっじゃねー!ちゃんと確認すべきだった……」
「大丈夫ですよぉ、来月の11日には二十歳になります!」
「現時点で二十歳じゃなかったら意味ねーよ」
んだよまだガキかよなんて、武さんがボヤいてる。ガキ、だなんて。ガキだけど。ガキだけど!
「武さん!」
「ああ?」
「ガキじゃ!ありません!」
私はたまたま通りかかったラブホテルに武さんを引きずり込んだ。
「女にホテル連れ込まれたの初めてだ……」
「武さん!」
酔っ払っている。そう、私は今酔っ払っている。武さんと一緒にいて、舞い上がっている部分もある。そうじゃなきゃ、こんなことできない。
「……あのなぁ」
「私、ガキじゃないでしょ?」
服を脱いで、下着姿になった。武さんは呆れたように私を見ている。本当は恥ずかしくて泣きそうだ。でも、武さんのことを好きって気持ちだけはガキだなんて言葉で片付けないで。
「体も、心だって。私は本当に武さんのことが好きだよ」
武さんは、はぁと深くため息を吐いた。そして、ネクタイを緩めて一歩ずつ私に近付いてくる。ベッドがギシッと軋む。ぎゅっと目を瞑ったら、武さんの大きな手が頬に触れた。触れたい。触れてほしい。怖いけど、武さんなら平気……
「……やっぱりガキだよ」
「……え」
「そんなんで落ちると思ってんのがガキ。ガキに興味ない」
「……っ」
目を開けたら、武さんは既に背を向けていた。それだけの理由で、私の気持ち全部否定するの……?
「……っ、武さんの馬鹿……っ」
「はぁ?」
振り向いた武さんが息を呑んだ気配がした。ここで泣いたら更にガキだって思われちゃう。でも……っ
「好きだって気持ち、否定しないで!」
「……」
「私の気持ちから逃げようとする武さんのほうがガキだバーカ!!!」
服もそのままに、私はホテルから逃げ出した。……いや、逃げ出そうとした。
「ど、ドア開かないぃぃぃ」
「いや、金払わないと……」
「ラブホのシステム知ってるなんて武さんの変態ぃぃぃ」
「八つ当たりかよ」
惨めだ。カッコ悪い。ダサい。何してんの私。
武さんが私のすぐ後ろに立つ。そして、口を開いた。
「……確かに、年齢は理由にならないな」
「っ、」
「ちゃんと、答えるよ」
「……、あ、」
「ごめん、俺は君のこと、好きじゃない」
「……っ」
「彼女作る気もない。だから、君の気持ちには応えられない」
ああ、年齢のせいにして逃げてればよかった。そんな勝手なことを思った。私のわがままのせいで入ったこの部屋のお金を払って武さんは出て行った。