駆け引きとは



 どうにかして彼に近付きたいと思った。完全な一目惚れ。電車で会うだけで名前もどこで働いているかも何も知らないけれど。彼のそばに行きたいと、強く思ったのだった。そのチャンスは割とすぐやってきた。

「あ、これ……!」

 いつものように満員電車で彼の少し後ろに立っていた。話し掛ける勇気はないけれど少しでも近くにいたくて。あ、でも決してストーカーとかでもないです電車が一緒なのも偶然だし。それに私と同じように彼を見て顔を赤くしている女の子はたくさんいる。「あの人カッコいいよね」と噂する女子高生も。そんな中、チャンスを掴んだのは私だった。
 電車から降りた彼の鞄から携帯が落ちたのだ。すぐに声を掛けるも彼は気付かず行ってしまった。彼を追って駅で降りたものの、渡せなかったのなら意味がない。授業あるけど携帯がないと困るだろうし……。私はとりあえず駅員さんに預けることにした。すると貴重品だと言うことで名前や住所、連絡先、大学名を聞かれた。まるでドラマで見る事情聴取みたいだなぁと思っていると。

「すみません」

 携帯を落としたことに気付いたらしい彼が駅員室に戻ってきたのだ。ドキンと心臓が高鳴る。彼の涼しい目が私に向く。そして、駅員さんが私が拾ったことを説明したら、ふわっと笑ってくれた。

「本当に助かりました」
「あ、い、いえ」
「何かお礼したほうがいいのかな」
「えっ」
「コーヒーでも……」
「じゃ、じゃあ!私と付き合ってください!!」

 人がたくさん行き交う駅。初めての告白の結果は、もちろん玉砕だった。

「おはようございます!」
「……あ、どうも」

 あの玉砕から一ヶ月。私は相変わらず彼に猛アタックをしていた。とっても冷たいけど。毎回泣きそうになるけど。でも名前は知った。村瀬武。年は6つ上。連絡先はもちろんまだ知らない。何度か聞いたけど玉砕した。

「あの、今日こそ連絡先教えてください」
「絶対やだ」
「何でですか!」
「だって絶対どうでもいいこと送ってくるもん。うるさそう」
「うっ……!」

 確かに!!綺麗なお花が咲いてたとか空が綺麗だったとか、連絡先を教えてもらったらそんなこと送ろうと考えてたけど……!

「じゃ、じゃあ、たまにしか送りません」
「やだ」

 うう……。手強い。頬を膨らませて子犬のような目で見上げても全く効果はない。それどころか「そんなもんで落ちると思うなよ」とまで言われた。ひどい。

「子どもは子どもと恋愛ごっこしてなさい」

 ふっと笑った武さんは、酷いことを言われているのに素敵だからズルい。でも初めと違って最近はこうやって笑顔も見せてくれるから、進歩しているのかなと思ってしまう。
 そんなある日、武さんが女の人と歩いているのを見てしまった。とても綺麗な人だった。あんなに綺麗な彼女がいるのに私に振り向いてくれるわけなかった。落ち込みながら家に帰った。
 次の日、武さんは同じ時間、いつもと同じ電車を待っていた。当たり前だ。武さんに彼女がいることを知って落ち込んでいるのは私だけで、彼には全く関係のない話で。武さんの横顔を見ただけで切なくなる。一目惚れから始まって、まさかこんなに好きになるなんて。
 不意に、こっちを向いた武さんと目が合った。思わず逸らしてしまった。いつもは武さんを見つけたらすぐに駆け寄るのに、行かなかった。彼女がいるんだから、諦めないと。武さんの言っていた通り、年の近い人と恋愛したほうがいいのかもしれない。

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