幸太郎くんと女の子



「昨日はごめんね」

 いつもの中庭にて。れんこんと加奈ちゃんにそう言うと、加奈ちゃんは心配そうな顔をした。

「大丈夫だった?あの後……」
「うん、武くんも怒ってなかったし。それより幸太郎くんは……」
「アイツはダメ。もうずっと項垂れてさ」
「今日バイトの時に謝らなくちゃ……」
「普通にしてやるのが一番だと思うけど」
「普通に?」
「凛ちゃんに告白紛いのことしちゃったー、って落ち込んでたから」
「……!」

 そ、そう言えばそんなこと……。カーッと顔を真っ赤にする私にどういうこと?!と詰め寄る加奈ちゃん。で、でもなぁ。あれはたぶん売り言葉に買い言葉ってやつで……。

「ま、お前は武さんのことが好きなんだから気にすんな」

 そ、そんなこと言われたら気にしちゃうんですけどー……。

「凛ちゃんおはよー」
「こ、幸太郎くん!」

 うーんと悩みながらバイトに来たのに、幸太郎くんは意外と普通だった。やっぱりれんこんの言った通り普通にしたほうがよさそうだね。

「幸太郎くん、昨日……」

 だけどそう言った途端。固まって真っ赤になる幸太郎くん。えええ何その反応!幸太郎くんらしからぬ反応に戸惑い何故か私も真っ赤になる。

「おーっす……て、何お前らなんで二人して真っ赤なの」

 そこにやってきたれんこんが冷静に言う。何だかそれも恥ずかしくて俯く幸太郎くんと私。

「あー、めんどくせー。お前ら中学生か!ほら今日も働くぞー」

 ちゅ、中学生……。ショックだけど言い返せない。

「今度会ったら、ちゃんと謝る。凛ちゃんは昨日のこと忘れてほしい」

 幸太郎くんはそう言ったけれど。そう言われたほうが昨日の言葉は本心だったんじゃないかって思ってしまうんですけど……。

 日曜日。加奈ちゃんに付き合ってもらって武くんのプレゼントを買いに行くことになった。

「水曜日だっけ?」
「そうだよー。ケーキは作ろうと思ってるんだ」
「いいじゃんいいじゃん」

 武くんのプレゼントは、財布かネクタイか悩んで結局ネクタイを三本買うことにした。それから加奈ちゃんが服を買ったり、足りないお皿を買った後カフェに入った。

「付き合ってもらっちゃってごめんね」
「ううん、全然。私も服買ったし」

 そういえば加奈ちゃんと二人で出掛けるのは久しぶりだ。一緒に出掛ける時は大抵れんこんもいたし、加奈ちゃんはバイトを掛け持ちしてるから忙しいんだ。

「そういえばさー、幸太郎くんとはどうなったの」
「……え」

 どうなったのって言われても……、どうもなってないけどな。毎日バイトで会うけど。

「最近凛ってさ、武くんの話より幸太郎くんの話のほうが多いよね」
「ぶっ!……げほ、げほ!」

 オレンジジュースを飲んでいる時にそんなことを言うもんだから、思いっきり噎せてしまった。た、武くんより幸太郎くんの話のほうが多いなんて、そんなこと……あるのか?

「幸太郎くんのほうがいっぱい会ってるからかな……」
「武くんの前では気を付けたほうがいいよ」
「うん……」

 武くんは週二で会えたらいいほうだし、仕事が忙しい時は二週間会えないこともある。でも幸太郎くんはバイトでほぼ毎日会うし。頼りになるお兄ちゃんって感じだけど……。武くんからしたら嫌かも。

「噂をすればあれ、幸太郎くんじゃない?」
「え?」

 加奈ちゃんの目線を辿ると、確かに私たちがいるカフェに入ってくる幸太郎くんがいた。その後ろには、小柄な女の子。何となく気まずくて顔を反らしていたら、幸太郎くんは私たちに気づくことなく店の奥に行ってしまった。

「彼女かな」
「彼女いたんだ……」
「ていうかあの女の子さ、凛に似てない?」
「……え?」

 自分ではよくわからないけど……、確かに服の好みとか背格好は似ているかもしれない。

「もしかしてあの女の子に凛が似てるから好きみたいなこと言ったんじゃない?」
「え、えー!それはないでしょ!それってどっちにも失礼だよ!」

 きっとあの日は、私にあの子を重ねていただけなんだ。それで、あの子に言っているつもりで好きみたいなこと言っただけ……。うん、きっとそうだよね。
 次の日、いつもの中庭でれんこんに昨日のことを聞いてみた。

「えー、凛に似てる娘?あ、わかった。美優ちゃんだ」

 私に似てる娘って加奈ちゃんが言っただけでわかったらしいれんこんは、そう言った。えー、そんなに似てるかなぁ?

「俺も凛に出会った時ビックリしたんだよな。美優ちゃんじゃんと思って」

 ま、性格は全然違うけどなー、と一人で笑うれんこんにイラッとする。どうせ私が悪いほうでしょ。

「美優ちゃんってのは、幸太郎が中学校から6年ぐらい付き合ってた元カノだよ」
「元カノ……」
「そ。高校卒業する時に美優ちゃんに振られたらしいけど」

 やっぱり、幸太郎くんはあの日元カノに私を重ねてただけだ。うん、絶対そう。

「でもなー、幸太郎大学入ってから彼女いたし別に忘れられないとかってわけじゃないと思うんだよな」
「そんなの幸太郎くんにしかわかんないじゃん」
「んー、そうかなぁ」

 これでスッキリしたよね。やっぱり幸太郎くんが言った通りあの日のことは忘れよう。
 その日もバイトで、事務所に入ると幸太郎くんがいた。私と一緒に来たれんこんが本当に空気を読めないのかわざと読んでいないのか気まずいことを聞いた。

「美優ちゃんこっち来てんの?」
「え……」
「凛と加奈子が見たらしい」

 そして私に振るなぁぁ!幸太郎くんが私を見る。顔からは何の感情も読み取れなくて逆にそれが怖かった。

「……うん、まあ」
「何?ヨリ戻したいとか?」
「……」

 だ、黙っちゃったよ幸太郎くん!絶対図星じゃん、いい加減空気読みなよれんこん……!

「ヨリ戻すの?」
「戻さないよ。彼氏と喧嘩して寂しいだけだろ」

 か、彼氏いるんだ……。寂しい時に幸太郎くんに頼ってしまうのかな。何となくわかる気がするけど。幸太郎くん優しいし。

「いつまでも俺がアイツのこと好きだと思ってんだよ」
「他にもう好きな娘いんのになー」
「……」

 ま、また図星ですか。一人でそわそわしていたら幸太郎くんがじっと私を見てきた。え、な、何……?

「……凛ちゃん」
「はっ、はい」
「早く着替えないと仕事始まるよ」
「っ、あぁ!」

 急いで事務所を出て女子更衣室に入る。

「……アイツは厳しいと思うけどなー」
「うるせぇ」

 その後二人がそんな会話をかわしていたことは、私はもちろん知らない。

***

「最近武さんに会ってないの?」

 バイト終わり、一緒に事務所を出ると幸太郎くんがそんなことを聞いてきた。

「うん、でも最近いっぱい会えてたほうだよ」

 いっぱい武くんのお家にお泊まりしたし、いっぱい触れあえたし。ここ一ヶ月くらいは今までの半年とは比べ物にならないくらい充実している。……気になることはあるけどねー。

「なんか凛ちゃんと武さん見てるとさ……」
「幸ちゃん!」

 幸太郎くんが何か言いかけた時、可愛い声で幸太郎くんを呼ぶ声がした。そっちを見ると昨日幸太郎くんと一緒にいた女の子で、私は幸太郎くんにお疲れさま、と言って帰ろうとした、のに。幸太郎くんにがっちり腕を掴まれてしまった。お、女の子睨んでるよー。帰らせてよー……!

「あ、あの……」
「美優、俺が美優とヨリ戻すことはもう絶対にないよ」

 そして話を始めないでくれるかな……!私完全に部外者じゃん!

「……俺、何かアホらしくなってきた」
「……幸ちゃん?」
「遠距離になるの嫌だからって振られてさ、どうしようもないことなのにどうにかできないか悩んだ。そんだけ、好きだったし」

 幸太郎くんは一人清々しい顔をしていた。苦虫を噛み潰したような顔をする女の子と、気まずすぎてそわそわする私を置いて。

「でも違うんだよなー。お互いちゃんと好きだったら努力するよ。会えなくても理由があったら我慢するよ」
「……」
「凛ちゃんと武さんみたいに」

 え……。幸太郎くんは私を見て笑っていた。その顔がとても輝いていて素敵だなと思ったのは絶対秘密だけど。

「俺もう美優のこと好きじゃない。だから美優のために何かしてあげようとは思わないよ」
「幸ちゃん……」
「だからもう会いに来ないで」

 じゃあね凛ちゃんお疲れー、と幸太郎くんは帰って行った。……え?帰って行った?ちょ、ちょっと待てー!二人で残すなー!

「……あの」
「はっ、はい!」

 突然話しかけられて体がびくっと跳ねる。恐る恐る女の子を見ると笑っていた。

「私、幸ちゃんのこと好きだったんですけど。じゃないと6年も付き合わないし」
「は、はあ……」
「あなたは幸ちゃんのこと幸せにしてあげてください」

 そう言って女の子は去って行く。み、みんな言い逃げかこの野郎ー!!

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