椎名由紀という女は難儀な女だった、昔から。

「椎名さん、仕事終わったらご飯でも行かない?」
「すみません、約束があるので」

 スラリと伸びた手足、引き締まった腰、その割に突き出た乳と尻。男なら思わず手を伸ばしたくなる身体の上に整った顔があるんだから自分のものにしたがる男がいなくならないのも頷ける。
 どこの部署かは知らないが女をナンパするためだけに髪をセットしているような軽い男の誘いをスッパリバッサリ切り捨てた椎名は颯爽とエレベーターに乗った。あまりに冷たく振られたせいで呆然としている男を追い抜いて俺もエレベーターに乗った。椎名は俺をチラリと見て軽く会釈する。そのツンとした態度、マニアからしたら勃起ものだろうな。

「相変わらずモテるな」
「下心しか見えませんけどね」

 二人きりになったエレベーター。少し前に立つ椎名の香水の匂いが鼻腔をくすぐる。だが俺は知っている。首筋に顔を埋めたら人工的じゃない、本人の匂いがするのだ。俺しか知らない……、と、言えればいいのにと過去にも嫉妬する自分が情けない。

「……由紀」

 名前で呼ぶと彼女の体がピクリと動いた。手を伸ばす。髪に触れる直前で彼女が振り向いた。

「会社で名前で呼ぶのはズルいです」

 あーあ、メスの顔して。さっきまでのクールな表情が一変、今や触れて欲しくてたまらない、そんな顔。潤んだ瞳、上気した頬。少し開いたぽってりした唇の間から、熱い吐息が漏れているのが目に見えるようだ。
 無言で両手を広げると、由紀は俺の胸に飛び込んできた。首筋からはさっき妄想した彼女自身の香り。キツく抱き締めると、彼女の口からまた吐息が漏れた。

「誠司さん」
「あ?」
「今、休憩中ですよね……?」

 由紀の言葉を聞いた俺は迷わず3階のボタンを押した。

***

「あっ、はぁ、ああっ」
「会社でセックスするなんて初めてだわ」

 3階の一番北。10年以上働いているが入ったのは二度目であるじめじめした暗い倉庫。誰も来ない部屋、乱雑に並んだ古いデスクの上で由紀の服を乱す。性急にナカに押し入った俺を熱く受け入れて、由紀は悶えた。

「きも、ちい……」

 そういや会社でセックスしてんの見たことはあるな。確か由紀の前の男だったか。そいつも由紀のこんな顔を見たのかと思うと胸糞悪い。

「こんなに気持ちいいの、誠司さんが初めて……」

 全言撤回。やっぱ最高に気持ちいいわ。他の女に走ったバカ野郎、ザマァ見ろ。

「あっ、あっ、あああっ」

 細い腰を掴んで腰を打ち付ける。いつもクールな女が俺の腕の中で乱れるとか、最高にエロい。
 揺れる乳を鷲掴んだ。由紀は背を仰け反らせ喘ぐ。パチュン、パチュンと肌がぶつかる音が響いた。イキそうなのか由紀のナカがうねってキツく俺を締め付けてくる。く、と思わず息を漏らした。

「相変わらず、名器だな、ほんと……っ」
「はぁ、あっ、誠司さん」
「あ?」
「ちょうだい……?」

 ぷつん、と理性が切れる音がした。何も考えられない。目の前にある快楽だけを求める。無茶苦茶に腰を振って、そして……。




「もう行くのか」

 完璧に身なりを整えた由紀がドアに手を掛ける。思わず声をかけると由紀は一応反応した。振り返りはしなかったが。

「ええ、もう昼休憩終わりますから」

 椎名由紀は難儀な女だった、昔から。肌を合わせ、彼女の色々な面を知る度その気持ちは増していく。惚れたら終わり、難しくて大抵の男は彼女を理解しきれない。惚れるだけ惚れて、いつしか自分だけが彼女に夢中になっているのに気付き、足掻き、それでも届かず、近くの手軽な女に靡いて、結局捨てられる。

「由紀、今夜は……」

 俺が言う前に彼女は部屋を出て行った。

「チッ、めんどくせぇ……」

 届く日は来るのだろうか。大分前から拗らせ続けた、それでも中学生の女の子みたいに純粋な、俺の彼女に対する恋心は。……恋心って自分で言って気持ち悪いわ。
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