大きな腕の中。汗が流れる男らしい筋肉質な肩に頬を寄せる。私の中は扱くみたいに彼自身を締め付けて、耳元で荒い呼吸が聞こえた。

「せぇじ、さぁん……」

 こんなに甘ったるい声が自分から出るなんて知らなかった。ぎゅうっと抱き締められながら奥を突かれる。高く上がった自分の爪先がピクピクと痙攣しているのが見えた。

「あっ、あっ、あ……っ」
「っ、はぁ、イくぞ」

 コクコクと頷く。誠司さんは獣みたいな目で私を見つめながら腰を打ち付ける。どうしよう、離れたくない。ずっとこうしていたい。
 手を伸ばせば抱きしめてくれた。ぎゅうっと抱きつく。体温と重みが心地いい。

「由紀……」

 名前を呼ばれるだけで幸せとときめきが心に広がる。抱き合って、唇をくっつけたまま。避妊具越しに欲望が爆ぜるのを感じていた。


 セックスの後、誠司さんの腕枕で眠るのが普通になった。甘やかすみたいに髪を撫でて、気まぐれに額にキスをする。まるで心の底から愛されているかのような感覚に、私はとてつもない幸せを感じていた。


 大変なのは仕事中だ。顔に出るタイプではないし、周りにバレていることは絶対にないと思う。
 ただ、心の中が大混乱。意識はするし、変なことはできないし、当然小さなミスもしたくないし、ちょっと他の女の子と話しているだけで気になるし、あの子には話しかけるのに私には全然話しかけてくれないな、なんて。ジェットコースター並みにぐわんぐわんと心が揺らされるから、ジェットコースターが苦手な私は完全に酔ってしまった。

「気持ち悪……」

 また一人、昼休みに屋上で呟く。心にも体にも悪い。こんなの初めてだ。少し体を重ねただけでこんなにも心揺らされるのか。セフレ、辛。

「由紀」

 びくっと体が跳ねる。私を呼んだのはあの人じゃない。声で分かる。ずっとずっと頭から離れない、あの人じゃ。

「……」

 もう反応するのも面倒で、お弁当から目を逸らさない。毎日毎日、こうして適当にあしらわれるのが分かっているのに絡んでくるのはどうしてか。

「本当にあの課長のこと好きなのか」

 好き。好き?

「好きってどういう感情?」

 思わず尋ねていた。好きって、どういうこと?今までの彼氏は、求められるから応えた。純粋に私を好きでいてくれた人もいるだろうけれど、打算だけで近付いてきた人もいる。例えば体目当てだとか、お金目当てだとか。今まで恋愛であまりいい思いをしてこなかったのは、見る目がないと思ってきたけれど、最近思うのだ。私は自分で選んでいない。自分からこの人と一緒にいたいと思ったことがない。

「セックスしたいとか」

 それが一番に出てくるのがやっぱりクズだなコイツ。そう思ったのは置いといて、一応耳を傾ける。

「俺は由紀の顔とスタイルが好き」

 全然聞いていないし答えにもなっていない。コイツに聞いたのが馬鹿だった。そう思って興味を失いかけた時。

「ま、由紀にはそれくらいしか取り柄ないしな」

 そう言われた。ストンと胸に落ちた。今までの彼氏にもそう言われてきた。そうか、私、そうなんだ。自分では分からないけれど、男の人が好きな見た目らしい。そして、中身には全く魅力がない。

「あの課長もすぐ飽きるだろうし、そしたらまた戻ってきていいからな」

 ポキっと心の中の何かが折れる音がした。そっか、そうだよね。誠司さんが私を抱いてくれるのは、相性がいいからで。愛されてるみたいだなんて、とてつもない思い違い。ただ相性がよくて居心地もいいだけ。

「うーん、あなたに戻ることは2000%ないけど、課長の話は納得した」

 中身に魅力がない私が課長と一緒にいたいだなんて、おこがましい。そう納得した。
 はずだった。なのに何故だ。昼休みが終わり業務を再開してもジェットコースターは止まらない。課長と目が合おうものなら胸が詰まって息苦しくなる。途端に雌豚だ。おかしい。誰か病院を紹介してほしい。

「お疲れ様でした」

 午後6時。定時だ。やっと帰れる。早くこの息苦しい空間から逃げ出したい。でも家には課長はいない。当たり前だろ何言ってんだ。何この矛盾。怖い。

「椎名」

 混乱している私に追い打ちをかけるのは課長の声。無人のエレベーターホール。私はこの人に声をかけられるのを一日中待ち侘びていた。どうしてか、なんて。分からない。分かりたくもない。

「この後時間……」
「ありません。もう帰ります」

 食い気味に答えてしまった。課長は驚いた顔をしている。そしてすぐに不機嫌な顔になった。

「誰かと約束?」
「え?え、えっと、いえ、約束はないです。ただ家に帰って寝るだけです」

 課長がひとつため息を吐いた。びくっと体が強張る。ため息は苦手だ。

「由紀」

 名前を呼んで、一歩近付く距離。見上げると、仕事中には見せない甘い顔。やめてよ、そんな顔。雌豚にシフトチェンジしてしまう。

「一緒にいたい。ダメか?」

 心の中が歓喜に震える。苦しい。嬉しい。やっぱり苦しい。この気持ちの名前は、……そうだ。

「誠司さん」
「ん?」
「私、雌豚でいいや」
「は?」

 恋とは落ちるものではなく変わるものだ。心も、体も、自分自身、全部が。
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