初体験は高校の同級生だった。告白されて付き合って、優しくしてもらえて好きだと思った。周りが経験していくように私も経験するのだ。当たり前のように。そう思って彼を受け入れた。
 結果は最悪だった。濡れない。感じない。痛い。ただただ苦痛なだけ。セックスが気持ちいいなんて嘘じゃない。そう思った。
 それから何回か告白されたり合コンで出会った男に誘われたりしたけれど結果は同じ。不感症だ何だと罵られることはなかったけれど、みんな気まずくなってすぐ去っていった。
 一番最悪だったのはつい最近告白されて付き合っていた会社の同僚。アイツは感じないだとかマグロだとか会社で言いふらしてくれた。お陰でヒソヒソクスクスされて散々だ。まぁ、そんなこと気にする暇もないほど仕事が忙しかったのが不幸中の幸いだった。

 でも、これはない。

「あっ、ああん」

 午後10時。誰もいなくなったオフィスに響く下品な声。本当に誰もいないか確認してから事に及んでほしい。オフィスの外に2人。休憩から戻った人間が立ち尽くしている。

「誰だオイ。会社でこんなことしていいと思ってんのかクビだクビ」
「さすがに課長にそこまでの権限はないと思います」
「誰か分かったら上にチクってやんのになー、クソ、ちょうど見えねぇ」

 誰かは分かっている。男の方は。

「アホは放っといて帰りましょう」

 幸い荷物はロッカーだし貴重品も持っている。残っている仕事も明日に回して差し支えない。

「あー今日も疲れた」

 戸惑い間抜けな声を出した課長を置いてスタスタ歩き出した。

 それから数日後。他の女と致していた(しかも会社で)男から誘われた。食事に行かないか、と。変な噂を流され他の女とセックスしていたくせに今更私に何の用事だ。もちろん断った。だがしつこかった。ついには久しぶりに仕事が早く終わって1人お酒を飲みながら溜め込んだドラマのDVDでも観るかと浮かれていた私をビルの前で待ち伏せしていやがった。

「ご飯行こう」
「え、無理」
「俺やっぱお前のこと好きだ。体以外は」
「……はぁ?」

 ドン引きの私を無視してドヤ顔でその男がのたまったのは、褒められているのか貶されているのか、とにかく気分の悪いものだった。顔とスタイルと性格はどストライクなんだけどとにかく不感症で、でも他の女とヤッたら普通によがってたしお前ももうちょっと経験積めば平気になると思うよ、だと。それで口説いているつもりなら100万回人生やり直せ。

「あのー」
「何?行く気になった?」
「更に無理」
「なんで、」
「あー、悪い悪い。今日はこっちが先約だ」

 本気で断られた意味がわからないらしい男がヒートアップし始めた時、後ろからそんな声が聞こえて私の頭の上に硬いものが乗った。鞄か。重い。
 いつも怒られているから声で分かる。一応課長という目上の人間が出てきて男は怯む。だがしつこい男は引かなかった。

「いや、あの、こっちが先に」
「あ?そうなのか?椎名」
「いえ、約束はしてません」
「だそうだ。残念だったな。行くぞ」

 強引に話を終わらせた課長はスタスタ歩き出した。私も慌てて追う。後ろから

「セックスはしないほうがいいですよ、そいつ濡れないから」

 なんて大声で言われたのは恥ずかしかったけれど、

「アイツ自分が下手くそだって大声で言って恥ずかしくねーのかな」

 と、課長が不思議そうな顔で言っていたから笑ってしまった。

***

「ぶひゃひゃひゃ、どんだけ見る目ねーんだお前!」

 結局本当に飲みにきてしまった。まぁ、今までの私の失敗談でこんなに笑わせられるならいいか。

「課長の今までの経験の中で不感症の女の子いなかったですか」
「俺上手いもん」
「男性の技術の問題なのですか」
「んー、まぁそれと、器じゃね?」
「器……」
「抱いてやろうか」

 煙草片手に私をまっすぐ見つめてくる課長はよく見れば、というか私が今まで気にもしてなかっただけなんだけど、かなりイケメンだと思う。色気もある。こりゃあモテるわ。

「いいです」
「お前素で拒否んな、ショックだから」
「今まで課長みたいな口説き方してきたチャラ男いたけど無理でした。全然気持ち良くない」
「その辺のチャラ男と一緒にされんのもショックだわ」

 課長はそう言って俯いてしまった。ヤベ、一応上司なのに失礼なこと言い過ぎたか。

「あの、すみません、課長の言う通り私見る目ないんで。どうしても次に行くのが……」
「とりあえず試してみようぜ」
「えっ」
「お前俺に抱かれんの生理的に無理?」
「いえ、そんなことは……」
「ハイ決定。行くぞ」

 強引。課長はさっと立ち上がると会計も素早く済ませた。


「シャワーお先にどうぞ」
「あのー、本当にするんですか」
「ここまで来といて今更。俺はお前を抱ける。お前は俺に抱かれてもいい。やめる理由ないだろ」
「でも私本当に……」
「俺とヤッて無理なら病院連れてってやるよ。なんか体に原因があんのかもしんねー。病気とかな」
「……」
「でも大丈夫だと思うぞ」
「何故ですか」
「……根拠のない自信だ」

 え、めっちゃ不安。そう思ったけれど、ほら早くシャワー行け、と課長に背中を押されてしまった。

***

「お願いします」
「こちらこそよろしく」

 2人ともシャワーを浴びて、ベッドの上で正座でご挨拶。やっぱりこうなってしまうと緊張する。今から一番恥ずかしい姿を見せるわけだし。
 課長の手が伸びてきて頬に触れた。するりと優しく触れるその長い指はいつも書類を渡される時やPCを使っている時に見るもので。さっきまでただの上司だった人とこんなことになっているなんて。

「あ、あの」
「今更やめるとかなしだからな」

 何か言う前に唇が重なった。柔らかい課長の唇が何度か触れ、離れなくなった。ツンと舌で唇を突かれ反射的に開いたら中に入ってきた。ぬるぬると動くそれが私の舌を愛撫する。いつの間にか腰に回った課長の手がぐっと抱き寄せてきた。課長の大きな体にすっぽりと包まれる。何だか安心する。男の人に抱き締められて安心したのは初めてかもしれない。

「んっ、ふ……」
「……由紀」
「っ、あ」
「男に抱かれる幸せっつーのを味わわせてやるよ」

 ドヤ顔でそう言った課長は、丁寧に丁寧に私の体に触れた。

***

「お前超感じんじゃん。超濡れんじゃん。超名器じゃん。こっちがヒーヒー言わされたわ」
「あの、恥ずかしいのでやめてください……」

 全て終わった後、課長は腕枕をして髪を撫でてくれる。今までこんなことしてくれた人いなかった。セックスが終わったら自分だけ拭いてピロートークもなしで終わり。課長は私の体も隅々まで綺麗に拭いてくれてちょっと恥ずかしかった。

「やっぱお前男見る目ねーわ」
「あの、ありがとうございました。ちょっと自信出た気がします。私ちゃんとセックスできるんだって」
「うん、多分どんな男も虜になると思うよ。既に俺もう一回ヤリたいからね」
「ただの上司と部下なのにここまでしていただいて感謝します。では」
「ちょっとまって」

 ベッドを出ようとした私の腕を課長が掴む。戸惑う暇もなく課長の腕に包まれた。何故だろう。課長に抱き締められるとすごくドキドキするのに落ち着く。

「なに、ヤリ捨てする気?」
「や、ヤリ捨て?!そんな気は……」
「俺があんなに大事に丁寧に抱いた理由分かんねーの?」
「……」
「……マジか」

 課長は私の顔を見て脱力した。でもすぐにしっかりと抱き締め直す。額にキスをされてちょっと恥ずかしい。

「まあいい。これからゆっくり教えていくから」
「えっ」
「また付き合って」

 視界が反転する。課長の肩越しに天井が見えて、課長の舌が、手が、唇が私の体を這う。快感も体温も全部心地いい。まさに包まれているような、そんな。
 男の人に抱かれる幸せを、私はこの日初めて知ったのだった。
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