「私、椎名さんって悪役キャラだと誤解してました」
「……はい?」
「ヒーローとヒロインの恋路を邪魔するライバルキャラ。美人で何でもできて、傲慢で意地悪でズル賢い」
「あの、私今、悪口言われてる?」
「違います、誤解だったって言ってるんです」

 加藤さんはニコッと笑って言った。このところ彼女はすこぶる元気だ。課長との間で何かあったのだろうか。いや、課長を疑っているわけではないけれど。


「あ?加藤に?」

 仕事終わり、うちに泊まりに来た誠司さんに昼間加藤さんに言われたことを話してみた。スーツを脱いでラフな部屋着に着替えた誠司さんにキュンとする。スーツもめちゃくちゃ格好いいけど、私しか見れない無防備な姿もとても良きかな。

「少女漫画的なあれじゃね?ライバルってそんな感じじゃん」
「私、それっぽいですか?」

 見上げると、一瞬きょとんとした後ぷっと吹き出された。

「まあ美人だしクールな感じだから、そういう印象は持たれるかもな」
「そうなんだ……」
「お前そんなこと気にすんの。可愛いな」

 誠司さんはよく可愛いと口にする。嬉しいような、恥ずかしいような。

「私加藤さんに嫌われてるのかな」
「まあ、ライバルだったからな」

 ライバル『だった』?
 一年前に誠司さんに告白した加藤さん。加藤さんが私をライバル視していたということは、少なくとも誠司さんと私が普通の上司と部下という関係を超えて以降も加藤さんは誠司さんを好きだったということ。そしてそれを、誠司さんも知っているのだ。

「誠司さん」
「ん?」
「加藤さんと何かありました?」

 ソファーに背を預けていた誠司さんが視線だけを私に向ける。別に疑っているわけではない。ただ、気になるだけ。

「……あの、加藤が倒れた日な」
「はい」
「俺たちがキスしてたの見てたらしい」
「え」
「それで優しくしないでとか椎名さんと付き合ってるのかとか色々聞かれたな」
「はあ……」
「まあその時にちゃんときっぱり振ったからもう吹っ切れてると思うけどな」

 人の気持ちって、そんなに簡単なものなのか。私にあんなことを言ってくるくらいだから、まだ誠司さんを好きなのかもしれない。でも、『誤解だった』とも言われたんだよな……。

「よく分かんない」
「まあま、他人のことじゃなくて俺らのこと考えよーぜ」
「私たちのこと?」
「そ。今日は一緒に風呂に入るかどうかとか」

 もう、そんなことばっかり……。呆れながらもお風呂場に連行されながら、ちゃっかり手を強く握り返してみたのだった。

***

「椎名さん!」
「はい」

 次の日も加藤さんに話しかけられて思わず身構える。何を言われるのかとビクビクしている私と、誰にもバレないようにこちらの様子を窺っている課長。

「ランチ一緒に行きたいです!」
「……え」
「椎名さん今日もお弁当ですか?私もお弁当作ってきたんです!一緒に食べましょう!」
「い、いいけど」
「やったー!」

 加藤さんの反応に裏があるようには見えない。課長を見るとポカンとした顔をしていた。目を合わせたまま首を傾げる。早く早く!と急かされるまま私は屋上に行った。

「課長と上手く行ってますか?」
「……」

 屋上に着いてお弁当を食べ始めた頃を見計らったように加藤さんが口を開いた。そ、それを聞くのが目的?!と、また身構える。けれど、加藤さんは私の思考に気付いたのか慌てて手を振った。

「わ、私もう課長のことはきっぱり諦めましたから!」
「そう……」
「信じてないですね?!」
「いや、だって……、そんな簡単に諦められるものかなって。あ、もちろん加藤さんの気持ちをどうこう言う権利、私にはないんだけど!」
「ふふ」

 え、笑った?笑ってるよね?加藤さんは手の甲で口を押さえて笑っている。ふつふつとモヤモヤした気持ちが蘇ってくる。

「椎名さんって、ほんとに可愛いですね」
「は?!」
「私言ったじゃないですか。誤解してたって」
「……?」
「綺麗で傲慢で課長騙されてるって、思ってた」
「……」
「でも椎名さんちょっと抜けてる時あるしそういう時可愛いしほんとはすごく周りに気遣ってる」
「そ、そうかな……」
「私この人には敵わないなぁ、好きな人の好きな人がこの人でよかったなぁ、と思いました」
「……っ」
「私、二人のこと応援してますから!」

 ふんわりと笑われて、何故か泣きそうになった。いい子だなぁと思った。彼女のためにも頑張らないとと思った。



「なんかただ懐いてくれてるだけみたいです」

 たまたま給湯室で二人になった時課長にそう言うと、課長はふふんと何故か得意げに微笑んだ。

「当たり前だろ。お前可愛いもん」
「ありがとうございます……」

 すぐ後ろに立った課長が耳元で囁く。

「可愛すぎて勃起しそう」
「っ、なっ、」
「今日も抱くから。夜には俺にめちゃくちゃ抱かれるんだなーと思いながら昼からも仕事頑張れよ」

 そろりと私の腰を撫でて給湯室を出て行った課長の後ろ姿を恨めしい気持ちで見つめる。昼からの仕事が手につかなかったのは私のせいではない。課長のせいだ。
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