ベッドに顔を埋めて小さく息を吐く。自ら電源を切ってしまったスマホの画面は真っ暗なまま。当然うんともすんとも言わない。
 課長は帰ったかな。人事で怒られたのかな。事情を聞かれて、何て説明したのかな。気になることはたくさんあるけれど、聞けない。だって自ら拒絶したのだから。
 ピンポーン。インターホンが鳴った。こんな時間に宅配便かな。ピンポーン、もう一度鳴る。両親から何か荷物が届いたかな。いや、それなら事前に連絡があるはずだ。ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン、連打されている。これは宅配便ではない。
 のろのろと立ち上がる。相手によっては居留守しよう。インターホンに映る人物を見て、居留守しようと決めた。けれど、何か言っているような気がする。恐る恐る通話ボタンを押した。

「いんのは分かってんだよ。出ねーと犯すぞ」

 そんなことエントランスで言わないで!もし誰かが通ったら通報されちゃう。私は仕方なくオートロックの解除ボタンを押した。
 しばらくするともう一度インターホンが鳴った。今度は玄関だ。待ってろって言われたのに勝手に帰って怒られるかな。恐る恐るドアを開けると。

「由紀」

 滑り込んできた課長にぎゅうっと抱き締められた。諦めるのなんて簡単?嘘だ、抱き締められただけでこんなに胸がときめくのに。思わず背中に手を回す。泣きそう、どうしよう。

「終わらせないでほしい。始めたい」
「っ、」
「俺はお前を諦めるつもりはないし、お前にも俺を諦めないでほしい」
「かちょ……」
「俺の気持ちは無視して自分の気持ちばっかりでパニックになっちゃう由紀を優しーく受け入れて見守るなんて懐の広い男、俺くらいしかいないと思うけどどうする?」

 ふふっと笑ってしまった。諦める?無理に決まってる。この腕の中の居心地の良さを知ってしまったのだ。

「私、重いかも」
「うん」
「体調不良って分かってるのに誠司さんが加藤さんを抱きとめたの嫌だって思ったし」
「うん」
「自分ひとりで完結させようとしちゃうし」
「うん」
「また怖くなって、逃げ出そうとするかも」
「大丈夫。由紀は俺から離れられない」
「すごい自信」
「それに、逃げ出そうとしても、ちゃんと地の果てまでも追いかけて捕まえるから」
「うん……」
「嫉妬すんのだって、重いのだって、俺も一緒」
「うん……」
「愛し愛される幸せってやつを、俺が教えてやるよ」

 苦しいほどに抱き締められながら、少しだけ泣いた。私はきっと恋愛に向いてない。でも、この人なら、そんな私も受け入れてくれるかもしれない。そう思うと幸せで泣けてきたのだ。

***

「私、誠司さんとのセックスがどうして気持ちいいのか分かったかも」

 互いの身体を愛し尽くして、繋がる瞬間。唐突に呟いた私を誠司さんは愛おしげに見つめた。

「誠司さんがちゃんと私を見てくれてるからだね」

 どこが気持ちいいか。どこをどうされると感じるか。誠司さんは私をじっくり観察しながら愛してくれる。今までそんなことなかった。形式的に愛撫をして繋がって、男がイッたら終わり。私の反応を見てくれた男はいなかった。

「やっと分かったか。はじめっから俺は由紀の全部を愛し尽くしてやろうと思ってたからな」
「……え、はじめから?こんな関係になる前から私のこと好きだったの?」

 少しだけ呆れた顔をされた。全然気付かなかった。身体の関係だけだと思ってた。そういえば結構最初に、

『体目当てだと思われんのも癪だしな』

 なんて言ってた気がする。嘘、いつから。

「セクシーなひらひらパンツにはやられたね」
「う、うそ」
「健気に片想いしてた俺にご褒美ちょうだい」

 ニヤリと笑って腰を進めてきた誠司さんのそれを歓迎するかのようにナカが畝る。背を仰け反らせるとそのまま腰を掴まれてガツガツと奥を突かれた。

「あー、くっそ、今日も相変わらず……」
「せいじ、さ、きもちい……っ」

 呂律が回らなくなる。脳までとろとろに溶ける。気持ち良すぎて涙が出てくる。

「由紀」
「あっ、あっ、ああっ」
「めちゃくちゃ好き」

 甘く囁かれただけで軽くイッた。



「そういえば、結婚したいと思ったことあるって言ってましたね」
「……」
「元カノ?」
「過去にまで嫉妬するなんて可愛い奴だな。心配すんな、元カノなんかじゃねーよ」
「え、じゃあ、」
「2年後ぐらいには教えてやる。なあ、由紀、もっかいしよ」

 そのまま流されて何も考えられなくなる。誠司さんの想いの深さを知るのはそれからちょうど2年後のことだった。
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