「申し訳ありません」
「いや、お前が謝ることじゃ……、体調悪いのに気付けなくて悪かった」

 病院で目を覚ましてすぐ土下座する勢いで頭を下げる加藤を慌てて宥める。隈は酷いし顔色も悪い。そういや、アイツの顔色も相当青かったな……

「やさしく、しないでください……」

 と、思ったら今度は目の前の女が泣き出した。女の涙は苦手だ。こっちがめちゃくちゃ悪い奴な気がするから。いや、悪い奴か。

「優しく、っつーか……、部下の体調気にすんのも上司の仕事っつーか……」
「そう、ですよね、全部仕事ですよね……」

 そうだけどはっきりそうですと言わせない涙のズルさ。ため息を吐きそうになるのを何とか抑え、俺は立ち上がった。

「んなら、俺は仕事に戻るわ。ちゃんと寝ろよ」
「っ、あ、あの……!」

 スーツの裾を引っ張られる。別に面倒だとかは思わないが、正直ここでちんたらやってる暇はないのだ。仕事は残っているし、それにアイツの様子も気になる。向いてないってどういう意味だ。

「ほんとに、覚えてないですか……?」
「……」

 覚えているなら何なんだ。覚えていないなら何なんだ。何かが変わるのか?俺は由紀を手放すつもりはないというのに。

「なあ、加藤」
「っ、はい……」
「悪いけど、俺はお前の気持ちに応えることはできないよ」

 加藤が俯いた。涙が見えないので少し楽になった。俺はやっぱり悪い奴なのかもしれない。

「椎名さんと付き合ってるんですか……?」
「……」
「さっき、キスしてるの見ちゃって」

 あんな濃厚なキスを見ときながらその質問かよ。まだちゃんとはっきり付き合ってるわけじゃねーよ。それどころかちょっとおかしかったアイツの様子にビビり倒してるよ。痛いとこ突いてくんじゃねーよ。

「そうだな、大事にしたいと思ってるよ」

 なんかちょっとズレてる気もするがそれが俺の本心だった。可愛くて、でも難しくて、俺に人生ではじめての本気の恋をしちゃってるアイツをめちゃくちゃ大事にしたい。そしてめちゃくちゃ優しく抱きたい。たまに激しくしたい。

「椎名さんって……、冷たい感じがします。いつも男の人に誘われてもばっさり断るし」
「……」
「さっき私が倒れた時も見てるだけだったし……」
「めちゃくちゃ慌てて手伸ばしてたの見えてなかったんだな」

 俺の少し怒気を含んだ声に加藤は黙った。アイツの味方するに決まってんだろ。俺、アイツのことめちゃくちゃ好きなんだぞ。

「なあ、加藤」
「……」
「部下の体調の変化に気付くのは上司の仕事。でも、プライベートまで面倒見てやることは出来ない。お前の気持ちをどうこう言う権利もないけど、いつまでも俺のこと想っててもどうにもなんねーよ。だって俺椎名と結婚する気満々だから」
「……っ」
「仕事頑張って、俺よりめちゃくちゃいい男見つけて俺のこと見返してやる、ぐらいの気持ちでいた方がいんじゃね?」

 そんな簡単に気持ちに区切りが付けられないことは分かっているつもりだ。俺だって1年もどうにもできないまま可愛い可愛い中学生みたいな片想いを拗らせて、想いを伝える前に先に抱いてしまったのだから。それでも。

「まず生活をちゃんとしろ。それから仕事、それから恋愛。ちゃんと寝ろ。そしたらちょっとは気分も晴れるよ」

 加藤が頷いたのを見て、俺は病室を出た。それから加藤の母親が田舎から出てくるのを待って、ようやく病院を出た。人事部からの着信に舌打ちをしながら急いで会社に戻る。
 そして、ちょうど帰るところの椎名に会ったのだ。完全に心を閉ざした様子の椎名に驚いた。終わらせようとすんの早くね?まだちゃんと始まってもいねーんだけど。
 切なくなった。上辺だけの恋愛に傷ついて、男に騙されて、自分の価値は身体しかないと思い込んでいる。ちゃんと惚れさせた責任を取らせて欲しい。めちゃくちゃ大事にしたい。今までの恋愛の痛みを忘れさせるほど。

「待ってろ、絶対。人事との話すぐ終わらせるから、絶対待ってろよ」

 そう言ったのに、椎名はいなかった。マジでぶち犯すぞアイツ。もう無理っつっても抱き潰してやる。ふざけんな。前に送って行ったアパートの場所を必死で思い出す。

「終わらせてたまるか」

 まずはちゃんと、始めさせてほしい。
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