昼休憩が終わり部署に戻ると、先に戻っていた課長と目が合った。ふっ、とからかうような、それでも穏やかな微笑みを見せつけられ、私はとろけそうになる。
 付き合う、ことになったのか?私の気持ちは知られたはず。けれど、よく考えると課長の気持ちははっきりと聞いていない。でも、私の気持ちを聞いてあんな風に反応するということは、きっと憎からず思ってくれているのだろう。

「加藤さん、聞いてる?」

 内田さんの少し怒ったような声が耳に入った。そちらを見ると、真っ青な顔の加藤さんが泣きそうになっていた。じくりと胸が痛む。
 罪悪感だなんて上から目線だ。きっと加藤さんはまだ課長のことが好きなのだろう。それを知っていて、私はあの人と抱き合う。加藤さんの気持ちを知っているからと言ってそれをやめられるわけでもないのに、加藤さんに申し訳ないだなんて思う方が失礼。でも……、

「すみません、私、体調が……」

 ふらりと立ち上がった加藤さんと目が合う。私の顔を見て彼女は涙を目に浮かべた。え、と思った矢先、彼女がふらっと体勢を崩した。

「あっ……!」

 反射的に手を伸ばす。けれど、私の手は届かなかった。別の手が彼女を抱きとめたからだ。

「っぶねー」

 ズキンと胸が痛んだ。さっき誰にも渡したくないと思ったばかりの腕の中。体調不良で仕方ないとは言え、他の人がいる。しかも、課長のことを好きな女の子が、

「っ、私、医務室連れて行きます」
「いや、救急車じゃね?」

 その会話の前に内田さんが救急車を呼んでいたらしい。騒然となる部署内で、私の周りだけ音が消えたみたいだ。離れて、彼女を離して、私以外の人を抱き締めないで。いやでも彼女は体調が悪くて課長は支えているだけなんだから、それを嫌がるなんて人としてどうなの。あ、でも……

「……気持ち悪い」
「あ?何か言った?」

 今度は私が真っ青になる番だった。気持ち悪いと思ってしまった。体調不良で倒れた女の子を課長が支えているだけで苦しくて苛ついて傷ついてパニックになっている自分が、気持ち悪い。
 恋愛ってもっと楽なものだと思ってた。好きだと言われて付き合う。可愛いと言われてセックスをする。他に好きな人ができたと言われて別れる。感情はこんなに揺れ動かない。ただ、相手に合わせていればいい。……そうか、だから都合のいい女だったのか。私に何の感情もない、空っぽだったから。

『由紀にはそれくらいしか取り柄ないしな』

 ストーカー男の声が頭の中に浮かぶ。空っぽな女には、取り柄なんかない。附に落ちた。

「向いてない」
「あ?」
「私には恋愛なんて向いてない」
「お前、何言って……、」

 救急隊員の方が来て加藤さんを担架に乗せる。付き添いを求められた課長が「椎名」と呼んだ。

「早く行かないと」

 笑顔を見せると、課長は唖然としたような表情で、でも冷静にこの後の仕事の指示をして出て行った。
 私には恋愛なんて向いてない。こんなに自分の嫌なところばかり見えるのは怖い。諦める。……そう、諦める。思い続けるより、その方が簡単だ。
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