宣戦布告



 私には好きな人がいる。王子様みたいに素敵な人だ。好きという気持ちだけでこんなに突っ走ったのは初めてかもしれない。

「いらっしゃいませ楓さん。今日も大好きです」

 私がバイトしているカフェの常連さん、福島楓。彼は私が通っている大学の国際関係学部在籍の三回生だ。どうやら「EA」というバンドをやっているらしい。

「ほんと懲りないねぇ。面倒くさいけどここ大学すぐそこだしコーヒー美味いんだよね」

 笑顔を崩すことなく楓さんは心にグサッとくることを言い放った。面倒くさい。でもこれくらい日常茶飯事だしもう慣れてしまった。
 楓さんはとにかく大学で有名だ。イケメンなのはもちろん、優しいしフェミニストだし。でも悪い噂もある。女遊びが激しいという噂だ。ちなみにその噂は本当である。何故なら。

「一回セックスしたくらいで好きになられても困るんだけど」
「……」
「俺誰のことも好きにならないからさ」

 私は合コンで楓さんに出会って、そしてそのままお持ち帰りされた。優しくて甘くて色っぽくて、こんなに気持ちいいセックスは初めてだと思った。夢のような一時を過ごした後、楓さんはいそいそと服を着た。もう少し、そばにいたいな。そう思った私は楓さんの手に触れ……ようとして、やめた。楓さんの形のいい唇から、信じられないほど最低な言葉が飛び出したからだ。私は当然耳を疑った。けれどそれが楓さんの口から出てきた言葉で、楓さんの本心であると分かったからだ。彼の冷たい瞳から。
 楓さんは服を着るともう私の存在すらないかのように振り向かず出て行った。私は呆然として、楓さんに手を伸ばした格好のままで何時間も過ごした。
 ようやく動き出したのは、携帯のアラームが鳴ったからだ。ああ、バイトだ。私はノロノロと立ち上がって服を着た。
 ホテルのお金は楓さんがテーブルに置いて行った。充分すぎるほどのお金を。私はそれを握ってホテルを出た。
 バイトに行った私は、いつものように窓際の席に座る楓さんを見つけた。私がこのカフェで働いていることをもちろん知っている楓さんがここに来たということは……私のことなど、本当にどうでもいいということだ。私の気持ちを少しでも気遣ってくれるなら少しの間だけでもそっとしておいてくれるだろうに。
 私は一つ息を吐いて楓さんの席に向かった。

「コーヒーのお代わりいかがですか」
「ああ、ありがとう。貰うよ」

 ニッコリと微笑んで、彼は昨夜私に触れた長い指でカップを差し出す。切なくて、狂おしいほどに昨夜を思い出してしまう。最低なのに。こんな人、最低なのに。

「……これ」

 握り締めていた、楓さんが置いて行ったお金をテーブルに置いた。楓さんは表情を変えずにそれを見下ろした。

「返します」
「いいよ」

 きっと楓さんは、これを渡すからもう二度と俺に近付くなという意味で置いて行ったのだろう。でも。

「これ、返しますからまた付き合ってください」

 ようやく楓さんが私を見た。感情のない冷たい瞳。怯みそうになる自分を叱咤して、私はまっすぐにその瞳を見返した。

「……面倒だなぁ」
「……」
「君と関係を持ったことを心の底から後悔してる」
「……」

 彼はまたふわりと微笑んだ。この人は、感情を、表情を間違えている。イライラするなら怒ればいいのに。もう俺に近付くなって、怒鳴ればいいのに。
 私って、ダメ男好きだったんだ。こんなに難解な人を好きになってしまうなんて。

「絶対に振り向かせますから」
「絶対に無理だね」

 宣戦布告に、彼はまたふわりと笑った。この人の、特別になりたい。私は強く、そう思ったのだ。
 それから一ヶ月。ほぼ毎日告白して毎回面倒くさいとバッサリ切られる。まぁ、これくらいは想定内だ。楓さんは相変わらず私を全く相手にせず、素顔も見せてくれない。でもいいんだ。こうやって顔が見られるだけで。……今のところは。
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