這う指



番外編・翼の小さい頃のお話です。翼が女性恐怖症になった理由です。軽く虐待の描写が出てくるので読んで気分が悪くなる恐れのある方は絶対に読まないでください。

***

 今日も、やってくる。地獄のような時間が。

***

 俺の両親が離婚したのは、俺が小学校に上がる年だった。仕事ばかりの父親と、子育てに疲れた母親。ずっと前から二人の関係は子供の俺から見てもわかるくらい冷めきっていたから。ずっと3人で暮らせるわけがないということはわかっていた。

「つーくん」

 そんな俺に唯一安らぎを与えてくれたのは、幼なじみの椿だけ。俺は椿に、淡い恋心を抱いていた。

「どしたの?椿」
「これね、お兄ちゃんがくれたの」

 そう嬉しそうに言って俺の前に差し出したのは、椿が好きなタンポポ。俺は悔しくなって、唇を噛み締めた。

「つーくんにもやるよ」

 そう無愛想にタンポポを差し出してきたのは楓兄ちゃん。椿の実の兄で、一人っ子の俺にとっても兄貴みたいな存在。だけど俺はこの頃から、楓が嫌いだった。俺の大好きな椿を横取りする意地悪なお兄ちゃん。俺の中にはそんなイメージしかなかったから。

「いらない」

 ソッポを向くと、なぜか椿が泣きそうになるから。俺は渋々楓兄ちゃんからタンポポをもらったんだ。
 そんなある日。家に帰るといつもいるはずのお母さんがいなかった。買い物にでも行ってるのかな。なんて、深く考えていなかったのに。夕方の5時半頃、帰ってきたのはお母さんじゃなくてお父さんだった。お父さんはいつも、俺が寝てからじゃないと帰って来ないのにどうして?疑問ばかりが増えていく。お父さんは俺を見ると、ギュッと抱き締めた。そして泣きながら言った。

「ごめんな、翼。もうお母さんは帰ってこないんだ。お父さんのせいなんだ」

 俺は、あぁ、とうとうこの日が来たのかと思った。頭はすごく冷静だった。

「もうお母さんには会えないの?」
「いつかは会えるよ」

 お父さんはそれしか言わなかった。大好きなお母さん。優しかったお母さん。俺は突然に、母親の温もりを失った。
 俺はそれから、お父さんを困らせないように頑張った。いい子にしてればいつかお母さんが迎えに来てくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。
 そして俺が小学校の高学年になる頃だった。お父さんが突然言ったんだ。

「翼に、プレゼントがあるんだ」

 そして現れたのが、あの女だった。

「今日から、翼のお母さんになる人だよ」

 俺のお母さんは、あの時いなくなったあの人だけだ。そう思いながらも、俺は行儀よく挨拶した。あの女の第一印象は、若くて綺麗な人。お父さんが好きになったのも無理はないと思った。
 そして、また3人の生活が始まった。あの人はお父さんが早く帰ってくる日しか料理をしてくれなかった。いつもスーパーのお惣菜かコンビニ弁当。俺は文句を言わなかった。きっとこの頃から、俺はあの女が怖かったんだと思う。
 そして悪夢が始まったのは、突然だった。お父さんが出張に行って、初めてのあの女と二人だけの夜。寝ている俺の布団に、あの女が入ってきた。初めは意味がわからなくて、ただずっと寝たフリをしていた。その内あの女は俺の体をまさぐり始めた。ピキン、と固まる俺の体。そんな俺を弄ぶように手は動き続ける。

「可愛い翼。あの人の息子」

 女は俺の耳元で囁く。

「だけど他の女の血が混ざってるなんて、気に入らないわ」

 俺の初体験は、小6の夏だった。相手は…義理の、母親。
 女に触れられる度、あの女の感覚が蘇る。そして性行為というものに、激しい嫌悪を感じるようになった。

***

 今日も、あの地獄の時間が始まる。あの女の手が、俺の体を這い回る。
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