甘い囁き

 ある日のこと。お客さんからチョコを貰って食べた翔さんが更衣室に鍵を掛けて出てこなくなった。みんな心配してノックするのだけれど、返ってくるのは「ちょっとそっとしといて……」という弱々しい声ばかり。体調が悪いのだろうと、悠介さんの許可を得て臨時休業することにした。それを翔さんに伝えに行けば、「ありがと……」とまた弱々しい声が返ってきた。そして、「今日は帰って」とも。後は私がついていると滝沢とメグさんに帰ってもらうと、私は更衣室の前で翔さんに話しかけた。

「体調悪いですか?……もしかして、あのチョコの中に何か入ってたとか?」

 翔さんの様子がおかしくなったのはあのチョコを食べて少ししてからだ。それを渡したお客さんは毎日のように来ている女の人で、明らかに翔さんに好意を持っている人だった。

「翔さん、あの、ちゃんと病院行ったほうが……」
「……ごめん、すずちゃん。今日はすずちゃんも帰って」
「え……」

 そんなの無理に決まってる。体調が悪いならついていてあげたい。心配だし。突き放されたような気がして少し落ち込むけれど、私は食い下がった。

「……嫌です。ごめんなさい。心配だから」
「……」
「翔さん、お願い、ここ開けて……?」

 今どんな状態なのか、とにかく知りたい。翔さんはいつも完璧だから、体調が悪い時くらい私に世話を焼かせてほしい。
 たっぷりの間の後。ドアがゆっくりと開いた。
 翔さんはソファーに座り込んでぐったりしていた。ソファーの上に乗せた脚の、膝に顔を埋めた翔さんからハァハァと荒い息遣いが聞こえる。私は近付いて、翔さんの腕に触れた。……熱い。元々体調が悪かったのだろうか。でもさっきまで普通だったし……。

「翔さ、」
「すずちゃん」

 熱い手が、私の手をギュッと握る。痛みを感じるほどの強さで。翔さんがそんな風にするのは珍しくて、目を瞬かせる。ゆっくりと顔を上げた翔さんに、私は息を呑んだ。上気した頬、潤んだ目、唇から溢れる熱い吐息。まるで、夜のような……

「たぶん、媚薬」
「えっ……」
「あのチョコに入ってた。手作りのもの食べるなんて、馬鹿だった」

 翔さんが苦しそうに顔を歪める。手で目を覆う翔さんを見ていられなくて、私は翔さんの体をそっと抱き締めた。

「何か、私にできることないですか……?」

 何となく、分かる。体からそれを出せばいいんだ。こんなに苦しそうな翔さんを助けられるのは、きっと……私だけ。覚悟を決めて抱き締める力を強くしたのに、翔さんは微笑んだ。

「……ダメ。俺今日何するか分からないから。乱暴するかも。余裕ないし」
「っ、でも、」
「すずちゃんのこと、大事にしたいの。だからごめん、今日は帰って。すずちゃんの気持ちは本当に嬉しいけど」

 ……こんな時まで、私のことを考えてくれるの?優しい翔さんに泣きそうになる。でも、嫌だ。今日は翔さんの言うこと聞けない。

「……翔さん」

 体を離して、床に膝をつく。そして翔さんのシャツのボタンをゆっくりと外していった。

「っ、すずちゃん、」
「いや、です。翔さんが苦しそうなのに、何もできないなんて、やだ」
「……っ」
「翔さん、私、翔さんになら何されてもいいの」

 硬い胸に口づけて、ベルトを外す。下着越しに触れるそれは熱く硬く震えていて、下着の先が濡れている。私はそれを取り出して、手で扱いた。

「っ、すずちゃん、ダメ、ほんと……今日は優しくできないから……」

 ちゅ、と乳首を口に含む。ん、と翔さんの口から甘い声が漏れた。こんな風に、翔さんの体にじっくりと触れるのは初めてかもしれない。いつも翔さんに気持ちよくしてもらってばかりだから。ちゅうっとキツく吸えば手の中の自身がビクッと震えた。苦しそう。私はそこに唇を寄せた。

「っ、ほんと、これ以上は……」
「翔さん」
「……っ」
「だいすき」

 微笑んで、それを口に含んだ。こんなことするの、初めて。恥ずかしいし、顎が痛い。でも、それ以上に翔さんを楽にしてあげたい。だからお願い。拒まないで。

「ああっ」

 翔さんの口から甘い声が漏れた。やり方なんて分からないから、とにかく必死で舐めて頭を上下させる。見上げれば、翔さんは気持ちよさそうに顔を歪めていたから。私は更に奥まで咥えた。

「っ、すずちゃん、ごめん、出る……っ」

 頭を押さえられて、喉の奥にびゅる、と苦いものが飛び込んできた。噎せそうになりながらも必死で受け止める。すごい量が直接流れ込んでくる。ようやく射精が止まった時、翔さんは荒い息を繰り返していた。口から取り出したそれは、まだ硬くて。翔さんもまだ苦しそう。私は下着を脱いで、翔さんの腰に跨った。

「……すずちゃん」
「……」
「ごめん、本当に、愛してる」

 こんな時まで私を気遣うようにそう言ってくれる翔さんが愛しくて。私は何度も額にキスを落として、腰を下ろした。肉を割って入ってくるそれはいつもより更に大きくて。背を仰け反らせて感じる私の腰を掴んで、翔さんは容赦なく下から突き上げる。いつもは私の気持ちいいところを丁寧に突くような動きが、今日はとにかく激しく打ち付けてきて。息も出来ないほどに揺さぶられる。

「あっ、んんっ、か、ける、さ……」
「んっ、すずちゃん、気持ちい……!」

 歯が当たるほどに激しいキスをして。肌蹴た胸に翔さんが噛み付く。確かにいつもの余裕のある翔さんとは違うけれど。どんな翔さんでも愛しいと、再認識する。

「うっ、ヤバい、イキそ……」
「あんっ、んんっ、ああ!」
「っ、イく……!」

 一番奥で、弾ける。ドクドクと精子が流れ込んでくる。ビクンビクンと揺れる私の体をソファーに押し倒して、翔さんは硬いままのそれをまた突き刺した。

「ああっ、待っ、まだ、イッて、」
「うっ、ごめん、我慢できない……」

 ガツガツと奥まで犯すような動きに、イッたばかりの体が痙攣する。口がガクガクと震えて。ギラギラとした目をした翔さんが、私の口に唾液を流し込む。まるで媚薬が移ったかのように、私の体はぶるりと震えた。

「……すずちゃん、ありがとう」
「っ、え、」
「俺のこと、嫌いにならないで」

 弱々しい声で、翔さんがまた私の奥で吐精する。私はそれを感じながら、ぎゅっと目の前の翔さんを抱き締めた。……嫌になんて、なるわけないのに。また動き出した翔さんに翻弄されながら、私は甘い声を上げ続けた。
 どれくらいそうやって体を重ねていただろう。お店の方から足跡が聞こえてきて。翔さんは繋がったままの私を抱きかかえて歩き、更衣室の鍵を閉めた。

「翔くん?どこ?」

 ……あの、チョコを渡した人の声だ。媚薬を飲ませたということは、その後のことを当然期待していただろう。もし私が帰っていたら、媚薬でおかしくなった翔さんと、あの人が……
 心臓が鷲掴みにされたように、痛くなる。翔さんは甘い瞳で私を見つめて、壁に私の体を押し付けると腰を打ち付け始めた。すぐそこにあの人がいるのに。声を必死で我慢する。翔さんは愛しそうに、掠れた声で囁いた。

「どんなになってもすずちゃん以外抱かないから大丈夫」

 と。私は翔さんに抱きついてキスを強請った。甘く深く唇を重ねながら、私を犯す翔さんのそれを締め付ける。

「翔くーん?」

 彼女の声を聞きながら、私たちは同時に果てた。


「ほんとごめん、体大丈夫?」

 しばらくして、落ち着いたらしい翔さんがぐったりしている私を心配そうに見つめてきた。いつもの優しい翔さんだ……。嬉しくなって、思わず抱きつく。

「翔さん……すき」
「……うん、俺も。本当に大好き」

 頭を撫でてくれる優しい手を感じながら、私は目を閉じた。あの人は翔さんが帰ったと思って出て行ったらしい。静かなお店の中で、ゆっくりに戻った翔さんの鼓動に耳を傾けて。優しいのもいいけど、たまにはこんなに激しくて余裕のない翔さんもいいなと思った。翔さんの甘い匂いを吸い込んで、私は心地いい微睡みに身を委ねた。

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