甘い体温

「うーみだー!!!」
「おーいそこのお子ちゃまー、手伝えー」
「すずちゃん可愛い」

 海に向かって叫んでいると、後ろから呆れたような滝沢の声が飛んできた。同時に翔さんの声も。照れ笑いしながらみんなの元へ戻りながら、気付く。周りの女の子の視線が翔さんに釘付けだ……!いや、わかるよ。かっこいいよ。綺麗だよ。あの顔であんなに引き締まった体、反則だよ。でも翔さんは私の彼氏だもん……!

「すずちゃん、どうしたの?」

 不機嫌な顔をしていたのか、翔さんが不思議そうに私の顔を覗き込む。頭を撫でてくれる優しい手に目を瞑って、嫉妬心は何とか抑え込んだ。
 サークルで海に行こうという話は、結局なくなってしまった。それで滝沢が翔さんや悠介さん、メグさんと香穂を誘い、いつものメンバーで海に来ることになったのだ。翔さんと海に来たいと思っていたから嬉しいけれど、今日は翔さんから離れないようにしなきゃ……。
 そう決意したのも束の間。

「あの、一緒に遊びませんか?」

 女の子が次々と声をかけてくる。翔さんのそばに私がいても意味がないらしい。しかも、翔さんだけじゃない。悠介さんもメグさんも滝沢もイケメンだから。そりゃあ、声かけたくなるよね……。でもみんな興味がないらしく、適当にあしらっていた。

「海入ろうぜ!」

 意外と一番はしゃいでいたのは悠介さんだった。悠介さんはあっという間に沖のほうまで泳いでいってしまい、滝沢とメグさんと香穂も続く。私は翔さんと二人、浮き輪でゆったりと浮かんでいた。

「気持ちいいですね」
「うん」

 私が丸い浮き輪の中に入り、翔さんがその浮き輪に腕を乗せている。必然的に近くなる顔に、私は何となく恥ずかしくて目を逸らした。

「すずちゃん、こっち向いて?」
「っ、やです」

 でも翔さんはそんな私の気持ちを見透かして意地悪を言う。そして、耳元で。

「水着、可愛い。この前抱いた時と同じくらい」

 この水着を着て翔さんに抱かれた日のことを思い出して、一瞬で恥ずかしくなる。熱くなる体を冷ますように、私は顎まで海に浸かった。

***

「みんなでかくれんぼしようぜ!」

 悠介さんがそんなことを言い出したのはお昼ご飯を食べた直後だった。意外にも悠介さんに反対する声は出ず、何故か私たちは海でかくれんぼをすることになった。じゃんけんで翔さんが鬼に決まり、みんな散り散りに隠れる。何故かくれんぼ?と思っていたけれど、いざやるとなったらワクワクする。
 私は翔さんからそんなに遠くない岩場に隠れた。遠く沖のほうに出る悠介さんが見えて、隠れられていないけどいいのかなと思いながら。

「……あ」
「あ」

 岩場の下には小さな洞窟があって、その中に滝沢がいた。そっちへ行こうと足を踏み出した時。ビーチサンダルがズルっと滑った。

「っきゃ、」
「危ね……!」

 足に痛みが走って、でも滝沢が受け止めてくれたから大きな怪我はしなかった。

「っ、おい、大丈夫かよ」
「ご、ごめん!」

 水着は着ているとは言え、素肌が触れ合っている。慌てて離れようとしたのに、足の痛みと滝沢が私を離さないせいで離れられなかった。座り込んだ滝沢にぎゅっと抱き締められたまま、遠くから聞こえる海水浴客の声に耳を傾ける。そうじゃないと、滝沢の早い鼓動に気付いてしまいそうだったから。

「あ、あの、滝沢……」
「……」
「もう大丈夫だよ?ありがとう」
「……」
「ねぇ、滝沢……」
「やべえ」
「え?」
「勃ってきた」
「……」

 たっぷりの間の後。

「はぁ?!?!」

 私は滝沢を突き放そうとした。でも、出来なかった。滝沢は私をぎゅっと抱き締めたまま動かない。

「ちょっ、離して!ハプニングエロとかないからね?!」
「分かってるわ。……ああ、一生の不覚だわ。お前で勃つなんて」

 地味にけなさないでよ!必死で離れようとするのに、滝沢のしっかりと筋肉のついた腕は私を離そうとしない。それどころか私の首筋に顔を埋めてスンスンと鼻を鳴らしている。

「お前さ、柔らかいしいい匂いするな」
「っ、知らないよ!離して!」
「最近ご無沙汰だったんだわ。悪い」
「だから!知らないって!」
「指挿れるだけ。な?」
「ふざけないで!!!」

 最低だわ!最近滝沢のこと見直してたのに!やっぱり最低!

「っ、ほんと、離して……」
「智輝。すずちゃん嫌がってるよ?」

 ハッと二人とも我に返った。洞窟の入り口に立つ翔さんは微笑んでいるのに、かくれんぼの鬼どころではない、本物の鬼に見えた。
 翔さんの顔を見ても滝沢は離れなかった。それどころか挑発するように私の背中を指でなぞる。

「っ、やだ、」

 やだ。やだやだやだ。翔さんじゃないと、やだ。

「かけ、るさ……、たすけて……」

 縋るように翔さんを見つめたら、翔さんは小さくため息を吐いた。そして私を抱き上げる。意外にも簡単に滝沢の手は離れた。

「智輝、久人にも言われたでしょ。溜め込み過ぎたら息もできなくなるって。一度だけ見せてあげるから、それで二度とすずちゃんに触らないで?」

 ……え?い、今翔さん何て言った?唖然とする私に翔さんは微笑みかけ、甘いキスを落としてくる。滝沢がすぐそこにいるのに、貪るように舌を吸われて。ぎゅっと目を瞑って耐えるしかない。
 翔さんは上に着ていた服を敷いて私をそこに寝転ばせる。そして、胸にキスをした。ちらっと滝沢を見たら、上気した顔で、でも切なさを滲ませた顔で私を見下ろしていた。っ、何、その顔……

「……翔さん、すみませんでした。藤堂も、ごめんな」

 そう言って、滝沢が去って行く。その後ろ姿がとても悲しそうで、頭の中がこんがらがる。滝沢は、たまたま目の前にいたのが私だったからあんなことしただけだよね?そうだよね……?

「すずちゃん、こっち向いて」

 泣きそうな私を見て、翔さんが優しく微笑む。そして触れるだけのキスが落ちてきた。

「もう平気だからね」

 唇が降りていく。首筋に、胸に、お腹に。こんなところ、いつ誰が来るか分からないのに。翔さんに触れられただけで熱が上がっていく。

「あっ……」

 水着を下ろされて、乳首を食まれた。そしてぺろぺろと舐められ、甘い声が洩れる。気持ちよくて翔さんにしがみつけば、下半身の水着もずらされた。長い指がそこを撫で、ゆっくりと指が入ってくる。

「んんっ、か、けるさ……」
「可愛い、すずちゃん。ここならいっぱい潮噴いても大丈夫だからね」

 翔さんの言葉に、びくんと体が震えた。中でバラバラと動いていた指が、私の気持ちいいところを容赦なく突く。そして掻き出すように動いた。

「あっ、ああっ、きもちい、」

 びゅっ、びゅっ、と止めどなく液体が噴き出す。いつもベッドでは必死で抑えているけれど、ここではブレーキがかからない。翔さんもなかなか指の動きを止めなくて、ようやく終わった頃には私の体はガクガクと震えていた。

「エッチな子」

 翔さんはそう言って私の体を起こす。そして腰を跨がせた。

「あっ、あああっ、かけ、るさ」
「っ、はあ」

 翔さんのそれを嬉しそうに呑み込んでいく私の体。気持ちよくて頭が蕩けそう。勝手に動く腰に羞恥心などもはや感じない。だって、えっちになっても翔さんはそんな私も愛してくれるから。可愛い、と翔さんは囁きながら乳首を口に含む。翔さんに抱き締められながら、私は果てた。

「すずちゃん、立って」

 岩に手を突かされ、お尻を突き出すとまた翔さんのが入ってくる。この圧迫感が気持ちいい。甘い声を出す私の口に指を入れ、翔さんは繋がっているところの少し上の突起をもう一方の指で弄る。噴き出す潮がボタッ、ボタッと地面に落ちてシミになる。気持ちいいって、素直に思う。私は今、相当蕩けた顔をしているだろうなって。

「はぁ、すずちゃん、気持ちい」

 体を倒して、翔さんが耳元で囁く。そういえば、滝沢はみんなのところに戻ったのだろうか。一瞬思ったそれも、絶頂の予感に掻き消された。

「すずちゃん、愛してる」
「っ、あっ、かけ、るさ」
「はぁ、イキそ……」

 翔さんの動きが速くなる。きゅうきゅうと締め付けながら、翔さんの手を握る。そして、奥に欲が吐き出されるのを感じながら、私もイッた。

***

 翔さんと手を繋いでみんなのところに戻ると、既にみんなが集まっていた。「オイ鬼仕事しろ!」と怒る悠介さんに翔さんは「ごめん」と微笑み、私を見た。

「すずちゃんが脚怪我しちゃってさ」
「え、大丈夫?」
「はい、少し切っただけです」

 滝沢は普通だった。驚くほど。怪我は本当に少し切っただけで、日常生活に何の影響もなかった。それは滝沢も同じ。本当に何もなかったかのように接してくる。「あの時はごめんなー」と軽く言われて、まぁ暴走する前に止めてくれたし、と私も普通に接していた。
 翔さんと滝沢も今まで通り。一瞬の過ちだったのだと思うことにした。
 それから一週間ほど経った日、メグさんと滝沢が進路の話をしていた。

「俺さ、海外行くわ。留学する」

 滝沢の言葉に、隣に立っていた翔さんがぴくっと反応した。どうしたのだろうと不思議に思って顔を覗き込むと、翔さんは何事もなかったかのように微笑んだ。そうか、滝沢海外行くのか……。

『多分、海外に行く。二度と翔さんと会わないところに行く。翔さんの幸せの邪魔をしないように』

 何故か、前に滝沢に言った言葉が頭に蘇ったけれど、無関係だと頭の隅に追いやった。

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