綺麗な人と天敵

 ただひたすら、綺麗な人だと思った。

「はい、ココア」

 たまたま入った、入り組んだ路地の中にひっそりと佇む地味だけどおしゃれなカフェ。そこにいたのは、顔が整ってるってこの人のためにある言葉なんじゃないかと思うほど綺麗な人。しかも男の人だ。

「あ、ありがとうございます……」

 見惚れながらお礼を言うと彼はニコリと笑ってキッチンに戻って行った。
 狭い店内には四人席が3つとカウンター席が6つ。客は私一人でシーンと静まりかえっていた。

「ん……?」

 目に入ったのは壁に忘れられたように貼ってある紙。そこには綺麗で、だけど消えそうな字でバイト募集中、と書いてあった。

「すみません」

 そう言えばさっきの綺麗な男の人がひょっこりとキッチンから顔を出した。

「これ、まだ募集してますか」
「これ?」

 きっと貼ったであろう本人も忘れていたらしい。私が指差す紙を見に来てあぁ、と言った。

「うん、まだ募集中」
「あ、わ、私応募します」
「学生さん?」
「はい」
「名前は?」
「藤堂すずです」
「ん。じゃあまた暇な時に来て」

 ニコリと笑うと綺麗な人はまたキッチンに戻って行った。……え?

「あ、あの!」
「ん?」

 面接とかないの?もしかして面接これだけ?疑問をどれからぶつけようか迷っていると彼はあぁ、と言ってニコリと笑った。

「俺の名前?牧瀬翔。よろしくね、すずちゃん」

 あー、もう。面接のこととかどうでもよくなってしまった。ただ彼の、翔さんの笑顔が頭から離れなくなってしまった。


「ほんとに綺麗な人だったの!」
「へー。そんなに言うなら見てみたいかも」

 昼休み、学食にて。親友の香穂に昨日の興奮を伝える。

「翔さん、だっけ?もしかして好きになったとか?」
「まままままさか!あ、あんな綺麗な人、彼女いるに決まってるし……」
「えー、そんなのわかんないじゃん」

 香穂は美人で、年上の超イケメンの彼氏がいる。私はどちらかと言うと地味なほうで、まぁ彼氏がいたこともあるけど基本いない。寂しい青春だ。

「あ、タッキー」
「げ」

 香穂が誰かに手を振る。その相手はタッキーと呼ばれる人物で、私の天敵だ。

「おっす、槙原。あれ、そこにいるのは恋愛経験0の藤堂じゃないすか」
「うるさ、マジでうるさ」

 同じサークルのタッキーこと滝沢智輝。なぜか私にだけ嫌なことばかり言ってくるドS野郎だ。

「そっちはいいですね。年上の彼女とラブラブで」
「あー、別れた」
「はぁ?!」

 香穂と私の声が重なる。だけど仕方ない。なぜなら。

「まだ付き合って一ヶ月じゃん!」

 香穂の言葉に激しく同意する。一ヶ月前に年上の彼女ができたって自慢してきたくせに……。

「だってメールチェックとかすんだぜ?重すぎ」
「あー、それはウザいね」
「もしかして槙原はメールチェックしない?」
「しないしない」
「マジか!じゃあ俺の彼女になって」
「残念。私にはあっちゃんと言う素敵な彼氏がいますから」
「そうだったー!篤志さん譲ってくんねーかな」

 私を置いて会話を進めていく二人に呆然。せっかく好きな人と付き合えたのにそんな理由で別れちゃうの?いつの間にか私の隣に座ってカレーを食べ始めた滝沢に疑問をぶつけると唖然とした顔で見られた。

「これだから恋愛経験0の女は」
「それが好きな人出来たらしいよ」
「ちょっと、香穂!」

 コイツに言ったら何て言われるか!それに、私好きだなんて言ってないけどね。だけど滝沢は何も言わなかった。ふーん、と言っただけでカレーをひたすら食べていた。私には興味がないらしい。

「なんかカフェのマスターで翔さんとか言うめちゃくちゃ綺麗な人らしいよ」
「は?」

 滝沢がカレーを食べる手を止める。そんなこと気にもせず香穂は続けた。

「そのカフェでバイトするんだってー」
「マジか」

 え、何何?なんで滝沢そんな嫌そうな顔してんの?

「バイトまで藤堂と同じとかマジ勘弁」
「はっ?!」
「俺、そこでバイトしてる。牧瀬翔さんだろ?」
「……っ!」

 神様もしかして私のこと嫌いですか。じゃないとこんな意地悪しないよね。ほんと勘弁してください。

「いいじゃん。タッキー、すずのことよろしくね」
「あー、気が重い……」
「それこっちの台詞だから!」

 滝沢と同じか……。やめようかな。いやでも翔さんが!……て、私は別に翔さんのこと好きじゃないから!

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