個性的すぎるメンバー



 それからの一週間、私はなるべく静かに過ご……そうと努力した。私の兄が『EA』だってバレないように、今度『EA』のメンバーに会うってバレないように。だけど学校でのみんなの話題の半分は『EA』で。

「昨日『EA』の大学行ったらカエデに会った」とか、「あのファミレスでリツとツバサがパフェ食べてた」とか。

 ……リツは実は昔から甘党なんです。そう思ったけれどもちろん言わなかった。でも『EA』って単語が出るたび私は異常に反応してしまい、そのたびに莉奈に般若のような顔で睨まれた。
 そしてとうとう。『EA』に会う土曜日がやってきた。

「よし、行くか」

 準備の遅い私をずっと玄関で待っていた兄は私を見て優しく笑った。

「緊張する……」
「ハハハ、だろうな」

 たぶん私は顔がひきつってると思う。証拠に兄は困ったような苦笑い。

「あ、兄、私化粧おかしくない?!」
「大丈夫。可愛いよ」

 兄はそう言って私の頭を撫でた。

「ほんと?」
「うん、ほんと」

 その笑顔に、少しだけ安心する。兄は絶対に私に嘘をつかない。そう、絶対に。
 自分の家の前で待っていた莉奈は開口一番「……遅い」と言った。あ、挨拶ぐらいしてくれてもいいのに!……そう思ったけれどもちろん言わなかった。怖いから。
 私たちは3人で歩き出した。やっぱり、気になるのは人の目。地元でかなり有名な『EA』は見つかるとすごい騒がれるようで。私は遭遇したことないからわからないけれど、「50人ぐらいに囲まれているカエデ」の目撃談があった。だとしたら兄もヤバいんじゃないだろうか……

「あ、電車乗るから」
「はーい」

 私の心配をよそに、電車に乗っても道を歩いても、兄が囲まれることはなかった。

「な、なんで……?!」
「ん?」
「なんで囲まれないの?!」

 私が言うと、兄は苦笑した。

「いやぁ、俺な、なんかファンにクールだと思われてるみたい」
「はぁ?!兄が?!」
「うん、俺が」

 あ、ありえない!あのバカな兄が!お風呂あがった後、全裸で歩き回って「俺も立派になったろ」ってニヤニヤする兄が!

「く、クール……」
「うん、俺もビックリした」
「律はあんまりファンと関わらないから」

 『EA』の追っかけの莉奈がハテナでいっぱいのあたしに助け舟を出してくれた。

「え、そうなの?」
「うーん、関わらないっていうか関わり方がわからないっていうか」
「だから誰も寄ってこないの?」
「うん、たぶんね」

 ふーん。でも、まだなんとなく不思議な感じだった。兄は兄で、自分の立派らしいモノを妹の私に見せつけてくる変態で。その兄がファンにはクールだと思われている。ドラム叩くとまた私に違う兄を見せてくれるんだろうな、ってちょっと楽しみになった。

「あ、あれだよ」

 電車を降りて、駅からしばらく歩いて。なぜか今話題のゆるキャラの話をしていた時にいきなり兄がそう言った。……ん?

「どれ?」
「あれ」

 ん?

「お、お城しかないんですけど……」
「うん」
「ええええ!」

 私たちが今いる周りには、何もなくて。あるのは目の前のお城みたいな大豪邸だけだった。え、エージさん家って本当にお金持ちらしい……

「お、お土産とかっ」
「ん?」
「お邪魔すんのにお土産とかいらないの?」
「あー、いらないいらない。エージしかいないから」
「え……」
「この家にいんのはエージだけ」
「………」

 こんな豪邸なのに?思ったけど聞かなかった。だってきっと、人には触れられたくないところってあって。知らない人が簡単に入り込んじゃいけない。エージさんにもエージさんでいろいろあるんだろう。……会ったことないから知らないけど。

「カエデとツバサはもういるの?」
「うん、早く来いってメールあった」
「ふーん」

 ソワソワする私とは対照的に莉奈は落ち着いていて、普段通りで。緊張してないのかな?って一瞬思ったけど違うみたい。手が、少しだけ震えてる。

「入るよ?」

 兄はそう言って、お城の門を開けた。私は莉奈の手を握る。莉奈は一瞬驚いたように私を見て、だけどすぐに私の手を握り返してきた。莉奈は何かを恐れているように見えた。憧れの『EA』に会うからってわけでもなさそうだった。

「莉奈……?」
「ここだよ」

 私が莉奈を呼んだのと同時に、兄が私達を見た。そこで私の意識も莉奈の意識も兄に向く。兄は、四角い建物の前で立ち止まっていた。

「これが俺たちのスタジオ」

 兄が少し誇らしげに言う。

「入るよ?」

 そして兄がその扉を開けた。兄はスタジオの中に入って、ドアを持って私たちを待つ。私の心臓はもう壊れそうだった。この中に、憧れの『EA』がいる。この中に、私の憧れの……
 私は莉奈の手を引いて一歩踏み出した。そして、スタジオに足を踏み入れた。

「遅ぇよ、律」

 穏やかな声が聞こえた。

「あぁ、楓」

 それに兄が答える。私はゆっくり目をスタジオの奥に向けた。
 ドッキーン!!!なななな!なんだ、このイケメン……!!『楓』さんは、ニッコリ笑って私たちに近づいてきた。サラサラの金髪、大きい目に通った鼻筋、手足は長くてモデル並。こういう人を『王子』って言うんだと思う。

「どっちが律の妹?」
「こっち」

 兄はそう言って私の頭の上に手を置いた。

「はははは初めまして、片桐陽乃です!えっと、みんなにはハルって呼ばれてて、それから誕生日は4月15日で……」

 って、こんなことまで言わなくていいよね?私は恐る恐る楓さんを見上げた。楓さんは相変わらず穏やかな笑顔で

「ん、誕生日ちゃんと覚えた」

 そう言った。は、恥ずかしい!やっぱり誕生日まで言わなくてよかったんだ!

「あ、あの……」
「なぁ、律。すっげぇ可愛いんだけど。この娘処女?」

 ……はい?

「てめぇ、ハルには絶対手出すなよ」

 兄の声は低かった。……何の話を……?

「……あぁ、処女か。じゃぁ、いいや。めんどくさい」

 な……!

「よろしくね?ハルちゃん」

 楓さんは変わらずニッコリ笑う。な、なんか今すごい会話してたよね……?

「で、君が幼馴染?」

 楓さんの視線が莉奈に移る。莉奈はじっと楓さんを見つめていた。確か莉奈って楓さんファンだったよね……?

「ん?」

 何も答えない莉奈に、楓さんが優しく尋ねる。

「あ、あの……」
「あ」

 代わりに答えようとした私の言葉を遮って、楓さんが声を出した。

「君、どっかで会ったことある?」

 え……。莉奈の瞳が一瞬揺れる。だけど、莉奈はすぐに微笑んだ。

「私楓さんのファンだから、一緒に写真撮ってもらったことあるんです」
「あ、そうなんだ」
「はい。律とハルの幼馴染の早坂莉奈です。よろしくおねがいします」
「莉奈ちゃんね。よろしく。君は処女?」
「違います」

 え……

「へぇ、じゃぁ色んな意味でよろしく」
「お前、莉奈ちゃんにも手出すんじゃねぇ!」

 3人はスタジオの奥のソファに向かう。だけど私は動けなかった。だって、莉奈が処女じゃないってどういうこと?莉奈は今までの彼氏とはキスもしてないって言ってた。莉奈は恋愛に対してどこか冷めていて、好きじゃないけど嫌いでもないから告白されたらなんとなくで付き合うって感じだった。だから付き合ってもすぐに終わって。本当にキスも何もしてなかったと思う。なのにさっき『処女』じゃないって……なんで?嘘ついたの?それとも、本当に処女じゃないの……?

「ハル?」

 立ちつくす私に兄が気づいて振り返る。

「どうした?」
「う、ううん!」

 気になるけど、今はどうすることもできなくて。私は急いで兄のところに行った。
 スタジオはかなり広くて、3人は座れるソファが二つと、一人掛けのソファが一つ。
冷蔵庫と、どうしてかわからないけれどベッドまであった。不思議そうにベッドを見つめる私に気づいた楓さんが

「よくここに4人で泊まるからベッド持ってきたんだ」

 と、王子スマイルで教えてくれた。兄があまり帰ってこなかったのはここで泊まってたからなんだ、ってちょっと納得した。

「あ、あの」

 「ん?」って答えてくれた兄と楓さんに、私はある疑問を口にする。

「あとのお二人は……」

 だって『EA』って4人のはずなのに二人しかいない。ツバサさんと……エージさん。エージさんに会えるのものすごく楽しみなんだけど。

「あー」

 楓さんはなぜか少し気まずそうに視線を逸らした。

「英司はどうせ寝てんだろ。翼は……アレか」
「うん、アレです」

 二人はため息をついた。それはそれは深いため息を。

「ど、どうしたんですか?」

 恐る恐る尋ねると、楓さんがかなり苦笑いして口を開いた。

「翼さ……、女の子が怖いんだ」
「え……」

 ちょうどその時、スタジオの扉が開いた。

「あ……」

 と思ったら、また閉じた。

「え!」

 また深いため息をついて兄と楓さんが立ち上がる。

「やーめーろー!」

 兄と楓さんがスタジオを出ていった次の瞬間、そんな声が聞こえた。そして、またスタジオの扉が開いた。

「え……!」

 少し驚いてしまった。黒髪の男の人が兄と楓さんに抱えられるように入ってきたから。ジタバタと暴れているその人は、私と莉奈が見ているのに気づいて体をビクッと揺らした。そしてまた暴れ出した。

「はーなーせー!!」
「暴れんじゃねぇ!」
「お前らが離したら暴れねぇよ!」
「離したら逃げるだろうがよ!」
「逃げて何が悪い!!」

 そんな言い合いをしながら3人は徐々にソファに近づいてくる。そして

「ハル、立て!!」
「へ?!」
「いいから立て!!」

 兄に怒鳴られて私は急いで立った。そんな私の方に、兄と楓さんはその人を押す。

「………」
「………」

 スタジオに沈黙が訪れた。なぜか至近距離で見つめあっている私とその人はお互いに動かなくて。と言うより動けなくて。沈黙を破ったのはその人の意味不明な言葉だった。

「ぎ」
「ぎ?」
「ギャー!!!」

 そう叫んで、その人は直立不動のまま床に後ろから激突してしまった。

「な、なんで?!」
「あー、ダメだったか」

 兄はそう言って気絶したその人を抱えてベッドに運ぶ。見つめあっただけで悲鳴を上げて倒れられてしまったショックで未だに放心状態の私に楓さんは微笑みかけた。

「ごめんなぁ?ショック療法で平気になるかと思ったんだけど」

 そ、それはいくらなんでも無茶なんじゃ……。私がショックなんですけど……。

「お詫びに、英司起こしてきてくれる?」
「え……」

 エージさんを起こす?それってお詫び?

「寝起きのアイツはすげぇよ?」
「………」
「コレ持っていけ」

 なぜか兄にバナナを渡された。

「英司2階で寝てるから」

 そう言って兄と楓さんは私から視線を外した。え……もしかして本当に一人でエージさん起こしに行く感じ?!えええ?!

「楓さん……」
「頑張ってー」
「兄……」
「………」
「莉奈……」
「ばいばい」

 誰も助けてくれないらしい。兄は私を見もせずにヒラヒラと手を振った。そんな見放さなくても……。私は諦めてスタジオを出た。そして、お城を見上げた。……大きい。とにかく大きい。はぁ、とため息をついて、私はお城に足を踏み入れた。
 『2階で寝てる』ってこと以外私聞いてないんだけど、こんな広いお城でエージさん見つかるの?!と思ったけれど、その心配は2階に上がった瞬間消えた。階段を上がったところから、まるで道標みたいに服がいくつも脱ぎ捨ててあったからだ。私はその服を辿って部屋に向かった。脱ぎ捨てているってことは裸で寝てるんだろうか……?そんなの私が起こしにいっていいの…?色々不安はあったけれどここまで来てしまった私に戻るという選択肢はなかった。エージさんに早く会いたいって気持ちには勝てない。
 胸に手を当てて深く息を吐く。この部屋の中にいるんだ。私の憧れのエージさんが。あの、エージさんが。私はゆっくり、ドアを開けた。
 ビックリするくらい広い部屋の一番奥にベッドがあった。その中央は布団が盛り上がっている。そこに誰かがいる証拠。私は恐る恐るそこに近づいて声をかけた。

「エージ、さん?」

 もし、ここに寝ているのがエージさんじゃなかったらどうしよう。それに私、今致命的なミスに気づいた。私エージさんの顔知らない……!もしここに寝ているのがエージさんじゃなくても気づけない!どどどどどうしよ……!
 そうやって私がパニックになりかけた時。布団がモゾモゾ動いて、中の人が顔を出した。

「誰……?」
「……!」

 この人、間違いなくエージさんだ。顔は知らなかったけれど、声でわかった。私、この声はよく知ってる。いつも、CDで聞いてる声。私が憧れてた、声。

「エージ、さん……?」

 エージさんは起き上がって私をまっすぐに見た。
 エージさんは、完璧だった。私の大好きな声はもちろん、容姿も。茶色い髪は緩いパーマがかかって柔らかそう。切長の目は綺麗な二重で。鼻は高くて大きすぎもせず小さすぎもせず。唇はセクシーでぷっくりしててすごく柔らかそう。『EA』には王子が二人いるみたいだ。楓さんと、エージさん。
 エージさんに見惚れて動かない私をエージさんは不思議そうに見つめる。でも次の瞬間には視線を私の手に移動させて、嬉しそうに目を輝かせた。

「それ、俺の?」
「へっ?」

 エージさんは兄に渡されたバナナを指していた。

「は、はい!」

 私は急いでエージさんにバナナを差し出す。エージさんは目を輝かせて私からバナナを受け取ると食べ始めた。

「バナナ、好きなんですか?」

 あまりにも嬉しそうだから思わず聞いてしまった。でもエージさんは再び不思議そうに私を見つめる。

「………」
「………」
「………あ!」
「………」
「私、律の妹の陽乃です!勝手にお邪魔してすみません!」
「………はる、の?」
「はい、陽乃です!よろしくお願いします!」

 エージさんは無言で私を手招きした。理由はわからないけれど、私は素直にエージさんに近づく。そして。………頭を撫でられた。

「よろしく」

 ズッキューン!!!この距離でその笑顔は反則!!そんな綺麗な笑顔見せられたら、私はどうしたらいいの?!女の私なんかより全然綺麗じゃないかぁぁ!!

「よよよよよろしくおねがいしましゅ……」

 心臓がバクバクしすぎて噛んじゃったし!
 そんな私からエージさんは手を離してベッドから出た。そしてソファにかけてあったTシャツを着る。
 私はそこでやっと気付いた。エージさんは上半身裸だった。エージさんは上半身も完璧だった。必死で鼻血を押える私をエージさんは振り返った。

「何してんの?スタジオ行くよ」
「は、はい!」

 私はエージさんに続いて部屋を出た。
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